【帰ってきた】ガチ議論
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「ガチ議論」シンポ・テープ起こし (6/6)

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宮野
結構お金の話になったけどね、やっぱり、その、tweetにもあったけど、研究環境。僕さっき、ちらって言ったけど、それやっぱり、お金取ったっていう、そのストーリーが、研究に専念できる環境につながっていない気がしてね。ダイレクトにさあ。お金、つまり…、「じゃあわかった生命科学バーンお金2倍です」って言って、それで、ヤッターって喜ぶ人いるわけでしょ。でも、それだけでなんか皆さんの研究環境よくなるのかなあっていうストーリーの部分が抜けてる気がするわけ。

近藤
そこまで、余っている研究室っていうのはない、ほとんどないと思いますけれどもね。

宮野
余っている?

近藤
ええ、結局お金が、そんなに余っている研究室っていうのは、ほぼ、ないと思いますけど。ただ、あるところはすごいあると思うんですけれども、ほとんどの人は常に足りない状態でやっていて、どうもなんかそこのところが強調しすぎだという気がしますよね。

宮野
ああ、そういうことか。

鈴木
あと、若干解説するとね、それは使う側の自治の問題です、っていうことがまず一つと。ただ、二つ目は、文科省が予算を増やしたいがために、いろんな新しい新規政策を出さざるを得ないんですよ。これは日本の予算システムの非常に問題で、本当は既存予算の増額っていう要求でつけば一番それがいいんです。だけど、それだと、ニュースの一面、要するに増額っていうのはニュースにならないんですね。新政策だとニュースになるんですね。というメディアの特性もあって、残念ながら、政治家は、あるいは財務省っていうのは世の中の、その政治家を通じて、世論センサーをものすごく働かせてて最後予算を決めるっていう。

宮野
それはどうよ、文科省。文科省のハンドリングの範疇なのか、財務省の範疇なのかという。どうなん?

鈴木
メディアの範疇だってことを言いたいんですよ。

宮野
そうそう。メディアの範疇って、どう?

川上
とにかく一元化するのをやめてほしいんですよね。議論を。一つの答えがあるわけじゃないんですよ。この議論のはじめの宮川さんの問題の提起の仕方でちょっとやっぱりものすごく不安を感じるのは、皆さん理系の世界に住んでいて、答えは1個ということになりすぎているような気がしてしょうがないんですよ。たとえば、学術会議の提言がなぜ採択されないのか?それは、答えは、学術会議から来たものだけが正解であるとは限らないからなんですよ。結局、政策っていうのは、1個の正解を出す作業ではなくて、何らかの選択をする作業です。その選択をするときに、我々選択の場に関わったりするわけですよ。決して官僚が勝手に選択しているわけでなくてそれはもう政治家、みんなで選択するわけですけどね。選択をするときには、やっぱり本当らしいこと、と、多くの人が考えること、それから、多くの人が言っていること、いろいろな判断基準のもとで選択をしていくわけです。そういうものなんだってことを、まず、理解をしていただきたい。それと同時に、選択であるからこそ、全員が満足するものではない。それこそ全員がイエスだ、っていうのはむしろ選択すべきじゃないと思うんですよね。そういうもんだ、っていうことを理解していただきたい。

山本
今、川上さんの言われたことは、実は学術会議もちゃんと分かっていることなんですね。学術会議は、あくまでサイエンスをベースに色々な正論を出しているという、そういう立場です。それで、科学者の行動規範にも書き込んでありますけれども、我々、科学者というのはやはりevidenceベースで物事を言う。しかしそれが政策に反映されるかどうかは、それはもう政治の判断であって、必ずしもサイエンスがこうだから、世の中はこう動かなければいけない、動いてくれとは言っていないのです。ただし、もし政治がそういうふうな、サイエンスによらない、サイエンスから見ればちょっとこれは取れないっていう判断をされるのだったら、その時はやはりそれなりの説明責任はあるんじゃないか、ということを述べています。だから、学術会議が言っていることが採択できないということは、当然それはあって構わないわけなんです。放射線のレベルがこれだったらこれぐらいの被害が出ますよ、って学術会議が言っているときでも、やはりそこに帰りたい人が多いのだったら、政治はそういうふうに判断するかもしれない。それはそれで良いわけですけれども、決定についての説明責任はあるでしょう、っていうことですね。それからもう一つ、ちょっと違う問題ですけれども、鈴木さんのいわれたことも非常に良く分かるのだけど、世の中で一般にいわれているのは、要するに教育とか科学技術っていうのは、票にならない、ってことですよね。だからいくら正論で分かっていただいても、最終的にはTPPに反対すれば何票かは絶対集まるとかですね、駅を作れば何票か集まるっていう話、そういう話と同列の議論になってきちゃうと、やはりこれは困るんじゃないかなと。

鈴木
なのでね、結局、政治家っていうのは別に利害、ステークホルダーのための利害だけやってて支持を受けるわけじゃないんですよ。だからメディアっていうのは非常に重要で、evidence-based policy makingとか正義に基づいた政策をやっている人たちが支持されるかどうかっていうのは、まさにメディアにかかっているんですよ。ええ。だけどメディアに対して基礎情報を出していますか、っていうことなんです。そこはやっぱりサポートしないと。それもadvocacyと。

宮野
大事だ。大事だ。

山本
ちょっと観点が違うかもしれないけど、我々、今、サイエンスの世界ではポスドク問題とか、いろいろ就職難があるわけです。それでさらにキャリアパスを広げなければいけないって時に、我々が議論しているのは、たとえば官僚の世界とかですね、それからマスコミの世界とか、そういうところがもっと間口を広げて、受け入れてくれればということです。さっき言われた、全然サイエンスを分からない方たちだけでサイエンスのポリシー作って、というのはやはりおかしいわけです。そのことを、さっきちょっと言われていましたけれども、もし本当にそうだったら、そういう間口を広げるっていうことを、実際に始めていただきたい。

宮野
ま、たしかによく大学も「そうや」って言うけど…。手短に。

川上
政治家の先生が関心を持つからどうだっていう点は、これが一つの解じゃない、one of factorsでしかないということですね。それは当然のことですよね。だから5人しか集まらない科学技術と、100人が集まる公共事業で、予算の伸びを見てみれば、こっち(公共事業)が下がっていて、科学技術はそれなりに上がっているわけですから。その、数だけではないです。だけど本当に現場でいて、行政の現場にいて、それは政治家の支持が有る無しっていうのは、もう支持していただいて、動いていただける人が、数が多ければ多いほど、仕事は前に進む。予算はいくらかでも伸びると思います。従って、政治家に対するadvocacyとか、政治家だけじゃないですよ、それこそメディア、もうぜひ、やっていただきたいなと思いますね。で、皆さんでやっていただきたいんです。各分野、みなさんでやっていただきたい。ある分野だけが熱心、という傾向がまたあります。そうなると、それだけで歪む可能性があるということを、申し上げたい。

宮野
よし。じゃあ、取ってつけたようですけれども、その、若手人材というかさあ…、あ、どうぞ。

安宅
いやあ、まさにそれをいいたかったんですけど、どうやって政治に影響を与えるかっていうのも大事なんですが、もともと、僕、先ほど言っているとおりどうあるべきかの議論を、ちゃんとやりたいんです。さっきからずっとTweetでもですね、若い人のことをちゃんとやってくれというのをずっと見ていて、そっちのHow論っていうのはここプロが集まっているのでそういう話になりがちなんですけれども、そっちのほうをちょっとやってみたいんです。さっきの僕のこの絵でいう、左側のですね、優れた人を集めて育てて維持するの側をしっかりやりたいと。先ほど、学術会議の先生もおっしゃったとおり、やっぱりポスドク問題とかっていうのはとんでもない問題で、凄まじい高学歴の人がですね、あぶれているわけですよね。相当数ですね。それどうすんだというようなことについて、ある程度、なんかここですくなくともここで意思決定、といわないまでも意思を揃えないと、この議論って一体なんだったっていう話になりかねないと、思っているんですけど、いかがでしょうか。ちゅうことを、ちょっと、投げ込みたいと。で、僕の考えだけをとりあえず突っ込んでおくと、ポスドク問題は何重もの間違いの結果起きていると思います。一つは、アメリカの大学院だけはよく知っていますけど、国外ではですね。terminal degreeでmaster’s degreeっていうnatural scienceのgraduate programはほとんど存在しないですね。アメリカには。基本的にはPhDプログラムのみが存在していて、drop outすると、1年とかでdrop outするともらうのがmaster。もしくは大学の4年間で頑張ったときに卒業と一緒にもらうのがmasterなんですよね。そうであるっていうのがアメリカの価値観なわけですけれども、日本の場合ですとほとんど同じようなスペックの人をですね、masterとして外に出してしまうんで、結局食い合いがおこって、若くて潰しがきくっていうことでmasterの人を雇えば済むっていうことで、もうそもそもPhDの人のニーズが市場に存在しないという、とんでもない問題が起きていてですね。大学院が食い合いのアウトプットを二つ出しているところを潰すっていうのがすごくあるというのが、背後にそもそもあると思うんです。それと関係なくですね、政策的に、大量にドクターを生み出すっていうことがかつて行われたためにですね、余っていると。ということで、二つの失敗をですね、反省して、まず、そもそもmasterなるものを潰すと、いうことと、私の提言としてはですね、doctor degreeを取るために入った人は途中で抜けるときに、「まあしょうがないね」っていって何もなくて出すとかわいそうだからあげるっていうならいいんですけども、そうじゃない訳の分かんない中途半端なものは潰すと、いうことと、途中で大量に排出してしまった部分というのは、国の失敗でしたと謝ってですね、何年か分の生活費かなんかあげて、いやいや、本当なんですよ、これは。あのね、皆さん多分ちょっとアカデミアにいらっしゃるんでちょっとあまりピンと来ないかもしれないですけれど、実際問題ですね、20数年前にバブルの後に大量に民間企業に行った人の多くは叩き出されたわけです。みんななんやかんやいって別の仕事やっているんです。全然関係のない仕事やってsurviveしているんです。同じなんですよ。受け皿がないところに大量にいたら出て行くしか方法はないんです。それは。そのことは事実として認めなくちゃいけなくて、ただそれは国なりアカデミアがやってしまった過ちなんで、そこはある程度面倒見てあげる必要がたぶんある、というふうに私としては、思うということを、2点、投げ込んで(おき)たいとおもいます。

鈴木
じゃあ、いいですか。一点目のことについては全く大賛成で、実はリーディング大学院という出島が始まっています。これがうまくいくのかいかないのか。さっきの共鳴の問題ですね。これもなんか、ぜひ、うまくいってほしいと思います、というのが一つ。それから、先ほどの山本先生の話にもつながるんですけれども、私のときは、産学人材育成円卓会議というのを作って、私だけでも、経団連の社長または会長に、20人に、直接、文系の修士、そして理系の博士を採ってくださいと。逆に言うと、採ってないことが、日本の競争力、特に日本というのは非連続なイノベーションに非常に弱いので、ここはやっぱり基礎基本、原理原則に立ち返った、そういうことを考え直す人材が少ないからだ、ということを説得をしました。それで、少なくともトップ20社についてはですね、CEOが人事担当専務に聞いてみて、それまではそもそも博士の採用っていうのは、研究所長がやっていたんですね。それをちゃんと、本体、っていいますか、headquarter本体の採用に変えてくれるっていう企業がかなり増えてきているということ、です。それから、リーディング大学院には各社がちゃんとどういうことをやっているのかっていうことの、ステークホルダーとして噛んでいく。そこにちゃんと口も出すし、そしてそこで口を出して育てた以上、就職先も出すと。という小さな出島が始まっているので、これをどういうふうに育てていくかっていうことです。で、ポスドクの話は本当におっしゃるとおりで、これは大きくいうと、一つは、まず大学のポストを増やす、っていうことですね。これは、なかなか厳しい中で上のポストを減らして若手のポストに振り替えるっていう、その資源配分をどうするかっていうこと。それから勿論、国公立の研究所のポストをどうやって増やすか、これ、同じ話ですね。それからやっぱり、ベンチャーだとかさっきもいった一般企業だとか、PhDを持った人を研究所でしか使うっていう発想じゃなくて、たとえば、いろんな海外のプロジェクト営業とかプロジェクト担当とか、こういうところで使っていくと。ただ、そういう要請をさっきの人たちはあんまりされていないので、そこのミスマッチというのが非常に問題なんで、ここは相当深刻な問題だっていうことは、理解しています。それから、もう一つですね、私はやっぱりポスドクの活躍先は、海外だと思っています。これは私2年前にですね、インドと、日印サミットというのをやって、その時の大学部門のディレクターを、日本側、任されたんですけれども、その時に、インドから、こういう提案をされました。今インドはですね、大学の進学率が10%なんですけれども、国策として、これ25%に引き上げていきたいと。そうするとですね、新規に1200の大学が必要になるんだそうです。すずかん、っていうか、日本に、200校作ってほしいと。まあ、ハードはできるんだと。インドで。しかし、人材、要するに教員と研究員と。そういう人材が全然足らないと。日本というのはいろいろ批判はあるかもしれないけれども、少なくとも研究者としてのPhDのクオリティーっていうのはインフレになっていないでちゃんと質が確保されているので、ぜひそこは協力をしてほしいという話があって、こういうところをどんどん…、ですから、私に言っていただければ、インドの大学の就職は探しますっていう、サポートしますっていう。これはわりと真面目で、たとえば東大のインド事務所を開設をしました。これは国立大学みんなで使えるようになっています。それから立命館大学もインド事務所を開設をして、そういうことを、体制をどんどんどんどん整えていくっていう、こと。こういうところはもちろん文科省もより積極的に応援していかなければいけないし、各…、ですから、200校ですから、掛ける500から1000ということなんで、えー、200掛ける1000は、20万?(と)いうことなので、ぜひ。HyderabadもNew Delhiもですね、Bangaloreもですね、空調はちゃんと利いておりますので。これ、真面目にね、僕は、日本の、日本に縁のあるサイエンスコミュニティーが、あんまり国粋主義みたいになっちゃうのもどうかと思うんですけれども、やっぱり働く場がないのは、事実だし、なかなか予算が厳しい中で国内でポストを確保するっていうのは難しいと。そういう意味で本当に海外にどんどんどんどん行ってですね、5年とか10年やってですね、

山本
シンガポールなんかへはもう出てます。

鈴木
出てますよね。そういうので、むしろ他の国の予算を使ってですね、我々がどんどんやりたい研究をどんどんやってくと。逆に言うと、研究しやすい国をこっちが逆に選ぶみたいなね、こと、ぐらい、戦略的にやっていくってことが、大事なんじゃないでしょうか、というふうに思います。

宮野
よし分かりました。それで?無理矢理でもいいのでまとめを?もうそれで終わりってことね。そしたらじゃあ。もう終わりですけれども、最後に、一言ずつ、言ってもろてね、最後、近藤先生にさくっとやってもらって。じゃあこれもできれば短い感じでお願いします。いきなり斉藤さんからですけれども。短い感じでね。

斉藤
むちゃ振りですね。またね。先ほどいろいろ私も参考になっていたんですけれども、まさに安宅さんおっしゃっていたその、戦略とかビジョンとかっていう話が重要なのかなと前からやっぱり思っていまして、このチャートを作ったときもそうだったんですけれども、やっぱりその全体を見ながら何をしたいのかというのが見えないのが問題で、何をしたいのか議論する場すらないのが問題なのかなということを思っていまして、なのでそこで少しずつでもそういう議論ができるような場を作っていきたいなということで、ネット上で色々やったりですとか、文科省の中でも活動を少しずつやって頑張っています。やっぱりそのさっき申し上げた行政というか政策を考える、っていま考えている人たちと、研究現場でまさに最前線でやっている方たちが直接の議論をしてですね、このガチ議論みたいに、直接コミュニケーションをとりながら相手の現状も分かった上で、両方動けるアクションプランみたいのを作る場がやっぱりどっかにないと、結局なんか浮ついた議論で終わっちゃうのかなという気がしていて、長期的な話と、なにをアクションプランとしてスイッチを入れなきゃいけないのかっていうのを、考えていかないとな、というのを改めて感じました、というのが感想です。

宮野
ありがとうございました。どうぞ。

安宅
唯一部外者の安宅です。元、部内者だったと。私の言いたいことは割と一貫していて、とにかくどうあるべきかをクリアーにした方が良いということです。それで、この二重サイクルを回すっていうのは変わらないと思うので、優れた人を集めて育てて維持する、っていうのと、圧倒的なvalueを出すっていう。優れた人を集めて育てて維持するところは大学院教育のところから、そもそも世界に伍しているとはとてもじゃないけど思えないので、ちゃんと、なんというんですかね、生活費も含めてちゃんとメンテしてほしいというのと、厳しく育てて、向いていない人はパッパと言ってあげて出してあげて下さいと、いうことですね。ポスドクの人も同じように、これで食っていけないと思う時は、ちゃんとフィードバックをするべきであって、それはあまりにも無責任ですよね。ダラダラと雇い続けるっていうのは。それはやめていただきたいと。それをしっかりやると。右側の圧倒的なvalueを出すっていうところについては、評価のところと、財源とのリンクに尽きるんですけれども、この評価のところがですね、先ほどの議論で口挟もうかどうか悩んで言わなかったんですけれども、若干短期的な話によりすぎているような気がしてまして、これだけはちょっと追加で言いますけれども、これ、戦略的な取り組みのイニシアティブをマッピングするポートフォリオなんですけれども、横軸が一体いつ頃刈り取るかで、縦軸がどのくらいその取り組みが、なんというかfamiliarか、なんですね。目先と、もう一つ先と、かなり先という。これ経営手法ですけれども、上側が今やっているfamiliarであって、次が誰かがやってで、一番下が誰もやったことのない未知と。で、左側になればなるほどですね、要は目先の刈り取りなんです。事業体がやっているんです。こんなものは、アカデミアがやる必要はないと。正直言って。だから産学協同の話を過度にやるとですね、左(短期的)になっていってですね、企業の手先になりますから、それはやめていただきたいと。何のために大学があるんだということを誇りに思ってやっていただかないと困ると。研究所も全く同じ。国立研究所なんてそのだけのために国費を投下しているんです。だからそこは絶対に這ってでも右(長期的)をやっていただかなくてはいけなくてですね、そのためにはですね、目先だけの評価システムを止めなければいけないと。よくcitation、citationと言いますけれども、citationみてんのは最低ですよ。本当に。何にも分かっていないと。あなたたちなら評価できるはずであってですね、本来、これが未来なんだとか、これが世界を変えるんだっていうものが一杯あるわけです。私もですね、相当激しいメンターについて鍛えられて来ましたけれども、例えば、私のthesis advisorの一人であったFred Sigworth、彼の25歳の研究でpatch clampが生まれてノーベル賞が出ているわけですね。彼は4人の、何千回と引用された論文、出していますけれども、それなんか、聞いたことのないようなわけ分かんないようなジャーナルに出ているわけですよ。それで数千回の引用が起きてですね、起きているわけですよね。それとか僕のいたneuroscienceで最も尊敬されている仕事の一つであるvisual cortexの研究っていうのがありますけれども、そのWieselたちの研究だってですね、すごい立派なjournalですけれどもJournal of Physiologyであってですね、別にNatureとかそういうものに載っているわけではないんです。でもそれが我々の脳についての理解を最も変えた論文なんですよ。実際問題としてですね。その前に出ている、neuroscienceで最も有名な論文の一つである、Hodgekin-Huxleyの研究も、Journal of Physiologyです。ですから、目先のcitationに捉われてそういうことでしか評価できないんだったら、それはアカデミアのreviewerやっている資格はないですし、そういうことはちゃんと見た上で、ぜひ評価していただきたいと。それをやった上で、もう一回この左に戻ってくるんですけれども、圧倒的なvalueを出すというサイクルをやっていただかないと、皆さんの誇りを持ったですね、せっかくのこのアカデミアにおける戦いっていうのが、無になってしまうと。これは是非ですね、左側はそういう戦いにしていただきたいですし、右側はちゃんと与えるものは与えてですね、評価するものは評価するという、当然の世の中の仕組みというものを回していただきたいと、いうことをやっていただけると、うれしいなあと思っており、なおかつ多分これが、このぐらいであればですね、45℃ではなくて42℃ぐらいのいい感じの温度感の社会になってですね、気持ちよくて、成長ももっとできると。今でもそんなに弱いわけではない日本のサイエンス、特にライフサイエンスすごく強いんで、本当にですね、アメリカに近寄れる、かなりいいところまでいけるんじゃないかと、思っています。以上です。

宮野032414-6a
ありがとうございます。

川上
2000年に、ポスドク1万人計画というのが1万人にいきました。それで、そのときっていうのはまだ大学ではポスドクはそんなにいない時期ですけれども、そのときからですね、ポスドクが、ポスドク終わった人がアカデミアに入るっていうのは無理というのはもう、数の収支勘定で明らかだったので、2001年から何を言っていたかというと、キャリアパスの多様化。それから民間企業に対してポスドク経験者、ドクターを採る、採れ、ということをさんざん働きかけをしました。もう10年以上その歴史っていうのはある。だけどなかなかそれが前に進んでいかない。民間企業はそれでも採るようになったと思います。もう一つやっぱり考えてほしいのは、ポスドクになった人も、やっぱりキャリアパスはいろんなキャリアパスがあるんだ、ということを、本当に考えていただきたいと思うんですね。アカデミア志向が非常に高いというふうに、感じています。あの頃、経験したことでものすごく印象に残っていることを一つだけご紹介します。東大の物理のあたりだったと思うんですけれども、ポスドクの人が陳情にいらっしゃったんですね。どういうことを言ったかというと、私は運良くポスドクになりました。だけど私の隣にもう一人同級生がいるんだけど、こいつは自分と同じぐらいできるんだけれども、残念ながらポスドクになれませんでした。私の給料を半分にしてでもいいから、隣の友達と二人にして下さい、と。やめなさい、って私は言いました。やっぱり、中途半端な状況でポスドクを続ける、それが人生の選択の幅をどんどん狭めることになるので、私はポスドクはポスドク、しっかりやる、だけど、ポスドクになれなかった隣の君は、やっぱり、何か違う道を考えるべきだ、というふうに思いました。なかなか、そういうふうには現場はいかないと思いますけれども、人間の一生はやっぱり重要なことなので、引きずるんじゃなくって、ダメなときにはダメ、というふうにやっていただきたいな、というふうに思います。行政という、ともすると高いところにいてこんなことを言うのは無責任ですけれども、よろしくお願いします。

宮野
ありがとうございます。僕も1パネリストとして感想だけ。何も考えてませんけど、やっぱり鈴木先生おっしゃった、「個人の問題」って、やっぱ響きました。例えば安宅さんおっしゃったのも、僕もう論文書かないと決めれるわけなんでね。僕本当に最近実は政治科学というか学問論のところをやっていてね、科学ってなんて特別なんだろうって、こと思って、何でこんなに…、ぶっちゃけ、アンチ科学なんですよ。すっごく偉そうにしてさあ。鈴木先生おっしゃるように、人文の方ももっと強くなきゃいけないし、両方ともダメだなダメだなあと色々思っていて、自分たちすごく特別なんだって自覚をしてはじめて僕、やっぱり自分の研究を見つめ直したって経緯があってね。そういうこと思いました。皆さんの敵は、フェーズによって、皆さんのライバル、違うなと。例えば隣に座っている人であったり、フェーズによって、他分野であったり、国であったり、ただやっぱり、学問、って、そのなんちゅうかなあ、競争力上げるためでもないし、論文書くためでもないし、そういうところの価値っていうのは絶対持ち続けて、よく考えたら行動できること一杯あるなと思った。最後のまとめは近藤先生ですよ。すいませんね、ケツ拭かせて。はい。

原山
3時間という議論の中でまとめもへったくりもないんですけれども、共有できる部分で、個人、個の位置づけであってそれぞれ人によって背景が違うし、立ち位置も違うし、家族の話もあるんですけど、やはり、自分をどうするかっていうのは、最終的に自分が決めることであって、それをいかに周りの環境をうまく使いこなしていくかっていうところなんですね。それで、環境もいかに良くしていくかっていうのがある種の政府の役割であって、その中に私の仕事もあるっていうふうに。位置づけです。でもすべてが政府がなんとかっていう話では全然ないと思っていますし、限界があった上です。また、政府の中で意思決定するところもやはり人間ですから完全にパーフェクトにはいかない。ですので必要に応じてメッセージとしてこれはおかしいんじゃないか、というのは必要であって、その中で、対話って、すごく重要だと思っています。これも対話の場ですし、私はもう基本的には、呼ばれればどこにでも行って議論しますし、また、そこから、どちらかというと吸収するつもりで行っています。ですので、今日も吸収させていただきたい。で、一つconcreteな話ですけれども、やはり意見を持っている方達が、建設的な側面の意見をいかに反映させるかっていうのがやはり難しいところで、それに対するなんか一つの突破口みたいなものを作れればなあっていうのが私の個人的な意見です。

鈴木
まず、こういうね、ガチ議論をやっていただいたっていうことが素晴らしいと思いますし、このことがほかの学会にも広がってほしいし、分子生物学会がその先頭で、これをさらに続けていただきたいっていうのが、お願いです。私も「熟議」っていうことをずっと言っているので。それで、その時にですね、二つぐらいお願いしたくて、私は「人が大事」っていう話を書いて、…まぁこれ、川上さんにほとんどやってもらったんだけど…、「科学の甲子園」っていうのを立ち上げました。で、もちろん書いてできていないことも勿論一杯あるんだけど、書いてできていることも、実は一杯ある、っていうことで。これはadvocacy にもものすごく重要な話で、さっき言った5%っていう話はね、別にメディアや政治家だけじゃなくて、やっぱ次の世代に対するadvocacyっていう、それは非常に重要で、やっぱり科学の甲子園やったりあるいはオリンピック、サイエンスオリンピックやるときに、分子生物学会をはじめ色々な人が、本当にいろんな貢献をしていただいているというのは素晴らしいし、そういうことはとっても大事なことだっていうことを申し上げたいと思います。それから、やっぱり基礎科学の人に、これ熟議のテーマの一つにもしてほしいんですけれども、この研究は何の役にも立ちませんからっていう口癖はやめてほしいと思うんですね。やっぱりね、何に役に立つかっていうのは、やっぱり、ちゃんと考えて、言葉にしなきゃダメですよ。それは。それで、私昨日も一昨日も、修論の指導をしていたんですけれどもね、今私たちは、これ公共政策大学院で教育政策の修論ですけれども、高校の教員に、研究論文を書かすっていうmovementをやったり、あるいは高校生に卒論を書かすっていうことを、一生懸命やらそうとしています。ある種、研究の一番最初なんだけれども。別に、彼ら、全然、ほとんどの人が研究者になるわけじゃないし、あるいは高校の教員はずっと高校の教員です。その99%は。しかし、やっぱり研究をやることのcore valueっていうことを徹底的に議論してほしいんですね。これ実はスポーツ基本法を作るときに、スポーツのcore valueっていうことを徹底的に議論しました。で、スポーツなんて、もっと役に立たないんですよ。ええ。だってもう100メートル競走終わっちゃったら終わりなんで。まだね、特許が残ったり知的財産が残ったりするだけましなんですね。でも、やっぱりスポーツの人たちは、徹底的にcore valueは何かっていうことをちゃんと言語化しました。本当にその人その人のいろんな物語やいろんな、それは別に一つに終焉する必要まったくなくって、永遠に繰り返すべきだと思います。それで、高校生、あるいは高校の教員にも研究を、ということで、その答えの一つがね、これ、たまたま中央大学の文学部の浅川先生っていう人が1984年に、George Owellの研究者ですけれども、言っていて、decentに人間がなるためだ、って言っているんですよ。decentに。これも、研究をやることの大変大事なcore valueだと思うんですよ。その時にこれから少なくとも、これは一つの例だけれども、皆さんは自信を持ってですね、人間がdecentになるために、そのトップランナーに、人間の持っている可能性というものを振り絞って何かに、なんていうかな、向かっていくっていうことが人間を人間たらしめるんだぐらいのことはですね、やっぱ自信を持って言っていただきたいと、いうふうに思います。なんか最近ね、やっぱアカデミアの人が、なんか自信喪失になっているのが一番良くなくて、文科省も、政治家も、みんなよくわからないんですよ。分からない中で、やっぱり本当にさっき言ったね、みんながそれぞれ役割は違うけれども知恵を出し合って、なぜ基礎研究をやらなければいけないか、なぜサイエンスをやらないといけないかということを、本当にその同じ立場で、これから深めていこうということを始めていただければと思います。

宮川
「科学技術にまつわる議論の課題はこの日ここで完結する」、というキャッチフレーズは、見事に失敗に、終わったと。完結しませんでした。申し訳ないです、スタッフとしまして。ここでやっぱりでも申し上げたいのは、科学技術にまつわる議論、このいろいろ一般的なですね、科学技術全般にわたる議論というようなことを、学会matter、その分子生物学会だったらその分子生物学という、そこに議論を絞ってしまうんではなくて、学会matterを超えたことも、その学会でちゃんと議論するというようなことをやっていかないと始まらない、と思いますので、是非こういったことをですね、今後、ここの学会はそういうのはやらない?んですよね、いやちょっとよく分かんないですけれども、もしかしたらやるかもしれないんですけれども、こういった試みを他の学会でも、あるいは学会でない別の組織でも、何でもいいと思うんですけれども、ぜひ、やるという、文化みたいなものをですね、やっていかないと、どんどんこの自信が喪失した状態で行ってしまうと思いますので、これをぜひ、皆さんやりましょう。声をどんどん上げていく。

近藤
すいません。座っていると倒れそうなんで、アドレナリンを上げるために…。

宮野
もうそれ最後よ。それ終わったら、終わりましたーって言って。

近藤
一番印象的だったのは、一番研究者に明らかに厳しそうな安宅さんの応援が、我々の心に一番響いたっていうところは、非常に印象的でした。確かにその通りで、我々は自分でやっていることにもっと自信を持ってやんなきゃいけないなあと。いうふうに思います。

宮野
たしかに拍手してる、拍手したけどさあ、そういうアカデミア作っているのは僕らだからね。

近藤
そうなんですよね。いやだから、自分のやっていることは役に立たないって言っちゃダメっていうのも耳に痛くて、僕なんかかなり役に立たなそうなんですけれども、最近、僕は人類の叡智を広げるためにやっているんだって、言うようにしています。はい。で、そういうふうに言っていうるうちにだんだん自分も思ってくるので、それでいいかなと思っています。非常に良い、エールを送ってくれたわけなんですけれども、じゃあ我々自身が何をできるかっていうことをもう一回考えた時に、またかなり、難しいことになって、結局いろんなルートで上に、自分の意志を伝えろと、いうことになったときに、じゃあそのルートは誰なのかと言ったとき、僕が一番期待したいのはやっぱり、日本の科学者の代表である総合科学技術会議…、じゃない、えーと、日本学術会議が、正式なルートかなあと。そういうふうに思うわけです。だから、その人たちが我々が理想とするものをちゃんと持っているっていうことを表明してもらわなきゃいけなくって、そういう選び方になっているかっていったら、さすがにたぶん全然なっていないわけですよね。自分たちで次の人選んでいるだけですから。だからそれはちょっとシステムとしておかしいかなあ、だから我々が自分の考えていることを上に伝えたければ、そういうシステムをちゃんとしない限り、それは、そういうのがないってことになりますよね。それで提言を出して、それがうまくいかないことも当然あるでしょう。でも、うまくいかないことも当然あるでしょうって思っているのはまたちょっとおかしくって。僕最初に、すいません、山本先生のことばっか言っちゃうようで申し訳ないんですけれども、僕、出さなかったんだけれども、責任者は誰かなと。「責任者出てこい」っていうのが、…みんながいろいろ責任者なんですけれども…、通らなければ通らないってことをしつこく追求して、通すためにはどうしたら良いかっていうのを考えるのが責任だし。そこまでやらなきゃいけないんだろうけれども、やれるような状況に全くなっていない。皆さんボランティアで、日本学術会議の方はみんな重責を持っていてちょっと来るだけですからできるわけがないんですよ。だから、できるわけがないものに、そういう提言の機能を持たしているっていうこと自体がおかしいし、だからそういうことをきれいに、直っていくっていうのはちょっとできるか…、なんで俺がこんなことを言ってんのかなあという気もしますけど、なんとかしたいと。責任者っていうのは自分自身も当然責任者であって、自分のinstituteに新しい人を採用するときにはもうcitationとかそういうのはクソくらえで、そういうふうにやろうとはしているんですよ。やっぱり、非常に何度もヒアリングをして、一番良い人を選ぼうということは、非常に努力しています。それは、皆さんに分かって欲しくってですね、だから、だけど、ただその上のところの、それをどういうふうに政治の世界とかに伝えるかということに関しては、我々はやっぱり、そんなことに労力をどれだけ割けるかっていう問題で、そういう立場にいる人に、思いっきり割いてもらいたい。です。じゃないと、全員が政治をやるといわれたらエフォートがどんどん増えちゃって、全く本末転倒の雑用ばっかりになっちゃいますから、ちゃんとやる人はやってもらいたい。だからちゃんとやる人がやれるような何かをアカデミアが作んなきゃいけないのかもしれないし、それは文科省とか、政治家の方の助けがいるかもしれないんですけれども、そういうことはできるように、このガチ議論はまた次にどこかでやっていただきたいなあと、いうのが、今回私が…、こういうの、自分の考えでやってここまでこういうふうになったわけなんですけれども、でもこれは僕が本当に思っただけでこうなったわけなんで、多分誰がやってもそう難しくなく、できるんですね。びっくりしました。僕、この方たち、宮川さんはともかくとして、一度たりともあったことのなければ存在すら知らなかった人たちですよ。全員。ええ。全く知らない。でも、こういうふうになっちゃったんで、やろうと思えば多分誰でもできるようなことなんです。先ほどすずかんさんがおっしゃいましたように、こういうのはとても一生懸命気をつけてサーチしているんだっていうことですから。ですから、やれる立場にいる人は、そういうの、自らの責任としてやって、一般の研究者は当然自分の研究に集中して、でもだけれども、自分たちの考えを、理想の考えを実現させるためにはどういう人を選んだらいいかというとこだけはしっかりとやっぱりやるっていうことしか、今のところ、できないんで。ということで、えーと、誰か、この会を続けてください。ということで、今日はこれでお開きにさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。

宮野
いろいろ司会すいませんでした。ごめんなさい。ネットの皆さんも。

近藤
すいません。明日、午後のイベント、是非皆さんいらしてください。そっちにも全精力を傾けていますので…、よろしくお願いします。

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