【帰ってきた】ガチ議論
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NEURO2024 ランチョン大討論会 〜 私達が望む神経科学の研究環境―よりよき現在と未来へ向けて

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2024年7月に福岡で開催されたNeuro2024にてランチョン大討論会 〜私達が望む神経科学の研究環境―よりよき現在と未来へ向けてを開催しました。内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が策定する「第7期科学技術・イノベーション基本計画」に向けて、研究費や博士のキャリアパス、学会連合として連携することの意義と可能性について討論を行いました。

この記事では、大討論の内容をまるごとお届けします。

前回の記事はこちらから

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趣旨説明

私たちが望む神経科学の研究環境〜よりよき現在と未来に向けて

柚﨑通介

(慶應義塾大学・教授、日本神経科学学会・前会長、日本学術会議・神経科学分科会・委員長)

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皆さんこんにちは最終日まで残っていただきましてありがとうございます。それでは恒例になりましたけども、ランチョン討論会を開始したいと思います。本日は「私達が望む神経科学の研究環境、よりよき現在と未来へ向けて」というテーマでディスカッションしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。私は司会をさせていただきます慶應義塾大学の柚﨑です。本討論会の主催は日本神経科学学会将来計画委員会ということで、(SciREXのプロジェクトと)共催のような形で行います。今日の流れですけども、まず最初に趣旨とその背景を私の方から簡単に説明させていただきます。それから、引き続いて最近皆さんもご存知と思いますけども、最近、生物科学学会連合(生科連)が主導して進めていただきました「科研費署名運動」について、これは後藤先生の方からご紹介いただくということですね。

その後で宮川先生の方からSciREXでの活動についてお話していただきます。できる限りこの3つは短めに30分以内に収めて、4番目の総合討論に時間を使いたいと思っております。全体で2時間です。申し訳ないんですけども、今回会場にはマイクはありませんので、LiveQのほうに質問やご意見を挙げていただけましたら、議論で取り上げさせていただきます。

では最初に今日の趣旨とその背景についてお話します。いうまでもないことですが、昨今、日本の科学力科学技術力が低下しているということ、あるいは次世代を担うべき研究者数が、相対的に低下していることはいろいろなところで議論になって、その問題の原因の分析も行われてきています。これまでに国の主導で 様々な対策も行われてきているところではあります。

ただ、肝心なことは、研究を行うのは我々です。それから、その研究を支えるのは基本的には国民からの税金です。ということで、研究者や国民からの働きかけが必須になっています。そのようなことでこの神経科学学会でも過去5、6回ランチョン討論会を通じて、様々な討論を行ってきました。

それから今日ご出席いただいている、生物科学学会連合や、あるいは脳科学関連学会連合などの学会連合でも、様々な活動をしています。ただ、問題なのは、せっかく議論してこの討論会も5、6回やってるんですけども、その後どうやって政策に反映し、どうやって実現していくのか、ここが非常に問題だろうと思います。今いろんなチャンネルがあっていいと思うんですけども、そのうちの一つのチャンネルとして、本来ならば日本学術会議が役割を果たさなくちゃいけないということで、今回、私が実はこの司会させていただいていますのは、この日本学術会議の基礎医学委員会の神経科学分科会の委員長となってますので、ぜひそれをチャンネルの一つとして、我々の声を何とか政策に反映したいという気持ちからであります。

昨今、いろいろ話題になってますけれども、日本 学術会議は、内閣総理大臣所轄のもとで、 職務を行うことになっています。1部(人文・社会科学)、2部(生命科学)、3部(理学・工学)とあり、会員210名で、我々は2部に属しています。

この学術会議の非常に重要なミッションは、政府に対して、勧告・答申・意見など、科学技術に関する意見を発表することができることです。今日何をしたいかというと、学術会議などで話し合われることの中では、分野をまたぐ重要な共通した問題、例えば、どうやって大学院生を増やしていったらいいかとか、そういうことは話し合われるんですけども、生命科学系、特に神経科学の分野に特徴的な課題というものが多くの場合、あんまりはっきりしてこないということがありますので、そこを明確にしたいと考えています。

それから、研究費、キャリアパス、我々の研究環境について、現場の若手も含むいろいろな年齢・ダイバーシティを含んだ研究者の意見を集約していきたい。そして最終的には国レベルでの政策フィードバックしていきたい、そんな狙いで本日の討論会を行います。

それでどうやって実現していくかについてですが、先ほど言いましたように、私は現在委員長を勤めている学術会議の神経科学分科会、高橋先生が委員長を務める脳とこころ分科会などに、多くの神経科学系の研究者が参加していますので、そこでさらに今日の議論をまとめていきたいと思っています。そして、今日ご出席していただいている林先生が委員長をされている科学者委員会 学術体制分科会というところからの提言として、次の2026年からスタートする第7期科学技術イノベーション基本計画に少しでも意見を反映していくことを現実的な出口として今回考えています。

この科学技術イノベーション基本計画は結構重要で、昨今のいろんな政策のもとになってるのは、最終的にはここですので、何とか意見をインプットしていければと考えています。

といっても、なかなか議論がまとまらないと思いますので、議論のたたき台として4点、論点を用意しました。一つ目が、キャリアパスの問題。それからもう一つは、研究費の問題、特に基盤的研究費の問題。それから分野横断的な対話・議論ができる場をどのようにして作っていくか。そして最後の4番目として、社会との対話の活性化について。この4点についてディスカッションしていきたいと考えています。

私からの説明は終わります。大体予定時間通りですね。できるだけ本音の討論をしたいと思いますので皆さんよろしくお願いします。

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話題提供

科研費増額要望書提出・署名活動開始の背景について

後藤 由季子

(東京大学・教授、生物科学学会連合・副代表)

一応、生物科学学会連合の副代表という立場でこちらにおりますが、代表は東原先生でいらっしゃいまして、東原先生がいろいろな学会連合に働きかける形で、今や理系だけではなく、文系の学会連合にもご賛同を次々といただき、大変広い活動となってきております。この活動の背景につきまして、ご説明させていただきます。

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日本のこのTop 10%論文数が世界で13位まで落ちたというニュース、皆さんもご覧なってるかもしれません。しかしながら、インパクトのある論文が少ないというだけではなくて、日本の研究が遅れているという残念な現実がございます。

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これは浅見先生らが出された論文で、このデータは研究テーマの相関を網羅的に調べたものですけれども、例えば、アメリカで2010年に扱われた研究テーマが中国の論文でいつ扱われているかというと、約1年遅れているんです。

残念ながら日本もそうでして、このようにアメリカで扱われているテーマが、1年ぐらい遅れて扱われてしまっている。これに対して他の西欧諸国ではほぼピークが一緒になってます。日本はこの縦軸のこの被論文引用率という点、横軸の、先ほどお話したその研究トピックの先進性という点、両方において、この西洋諸国から大きく遅れてしまっています。

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これは、産業的にもまずい状況です。これは豊田先生の解析ですが、この論文引用数が高い論文の方が特許に引用されてイノベーションにより貢献しているという図になります。つまり先進的でインパクトの高い論文が少ないということは、イノベーションへの貢献が少ないというふうにも言えます。

ではどうやったら費用対効果高く、効果的にインパクトの高い論文を生み出せるのでしょうか? このe-CSTIの分析結果を見ますと 同じ研究費の額に対して、「科研費がメインの研究者」の論文の被引用率が4から6なのに対して、「科研費以外の競争的資金がメインの研究者」の論文の被引用率は、1から2と、かなり差がついています。これは科研費が非常に効率よく、論文被引用率の高い、インパクトの高い論文を産んでいることを示しています。

科研費には、新しく芽を作る、すなわち新しいトレンドを作り出すという重要な役割があります。一方、この戦略目標に沿った競争的資金というのはこちらも非常に大事です。あえて強調しますが、後者が駄目だと言ってるわけではなくて、こちらはこちらで非常に重要な役割をしていて、注目分野や既にある芽を選択と集中によって育てていくという、役割がございます。どちらも非常に重要であり、バランスよく支援する必要があると言えます。

ところが、この科学技術関係の予算の中で科研費の割合というのは実はたった5%に過ぎません。しかも全体の予算が徐々に増えている中で、実は科研費は全く増えていません。

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増えてないばかりか、実質、皆さん体感されていると思いますけれども、大幅に減ったと思われています。減った理由はいくつかあるんですけれども、デュアルサポートのシステム崩壊というのが非常に大きな原因だと思われています。

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基盤的な研究というのは従来、運営費交付金や私学助成などの経常的な資金と科研費、この二つでサポートされていました。しかし、この大学法人化以降、経常的資金というのがどんどん減ってしまったために、その肩代わりとして、これまで競争的資金、科研費に応募していなかった方々が、もうやってられないということで科研費に応募するという方が増えました。その結果、申請数が非常に増えてそれによって採択件数が大幅に増えました。科研費総額は同じということで、つまり1件当たりの配分額が減ったということになります。実際その結果非常に激戦になっていて、この基盤(A)、(B)などでは本当に世界的にレベルの高い研究者がちゃんとレベルの高い研究提案をしていても不採択になっているという状況です。

そして、その激戦を勝ち抜いても基盤Bは年間600万円です。これですと、人ひとり雇用できないということにもな ります。この危機感というのは分野を超えて多くの研究者の間で共通です。例えば、文科省の研究費部会でも、日本でアクティビティの高い研究者が、基盤 (S)(A)(B)に申請しても、7割以上は不採択になってしまい、その年の科研費がゼロになってしまうことを非常にもったいないと述べています。

なので、科研費予算の規模を抜本的に増大すべきという意見が繰り返し出されています。これは一例ですけれども、オートファジーの発見でノーベル賞を取られた大隅先生は、科研費を主体として、初期、非常にオリジナルな研究をされていましたが、時には科研費で不採択になったこともありました。しかしその頃は運営費交付金がございましたので、科研費に落ちても研究を細々と続けられてオリジナルの研究を継続できました。ですから、研究の芽を作り育てるには、科研費と経常的経費の補助の両輪が大事だということを強調したいです。

またカタリン・カリコ博士もおっしゃってるように、研究の成果の予測というのは難しいです。だからこそ、研究者の自由な発想に基づく研究を幅広く支援することが重要だと思われます。特に脳神経科学という領域は複合領域でありまして、幅広い分野からの多様な芽が出る環境というのを整えることは、特に重要であるというふうに考えられます。

しかしながら、国のトップである統合イノベーション戦略推進会議では、先ほど 柚﨑先生がおっしゃった通り、今でもこのアイディアが理解されていません。むしろもっと選択と集中の方向を進める方針が続いています。これでは日本の研究の遅れがさらに悪化してしまうと思われます。

もう一つ、この科研費が額面上は一定に見えて実質大きく目減りしたという理由としてコストの拡大もあります。物価高騰と円安を考慮しますと、科研費の実質の平均配分額はこの10年で約半分になっています。

しかし、例えばアメリカの研究費であるNHI RO1では、この物価高によるコストの増加を考慮して配分額をこの20年余りで2倍以上に増やしている。一方、日本はそのような補填をせず、そこにさらに円安が加わっています。我々の研究材料は輸入品に多くを頼っておりますので円安の影響を受けやすい。また、もちろん皆様も体感されているように、ジャーナル掲載料・購読料の高騰も追い討ちをかけています。

年々増やしていただいている科学技術関係予算の一部を科研費にあてるだけで、どんなにたくさんの研究の芽が育つだろうか、どんなにたくさんの若手の方の新しい発想が活かせるだろうか、と思うのです。

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そこで、多くの皆さんが本当に同じことを思ってらっしゃったと思いますので、そのご意見を反映し、日本の未来のためにということで、この科研費の増額を求めましょうという運動を始めました。

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とりあえず2倍を目標にお声かけをしているところですが、これまでに非常にたくさんの学会連合や学協会に次々とご賛同いただきまして、本当に幅広い運動になっています。メディアでも取り上げていただいてます。

今、若手の人材が本当に減ってるので、それに対してもこういった基盤的な経費がとても大事だということを最後に申し上げて、ぜひ皆様にご支援いただきたいと思っております。

 


話題提供

安定性と流動性を両立したキャリアパスの仕組みについての定量・定性的研究

宮川剛

(藤田医科大学・教授、日本神経科学学会・将来計画委員会・委員長)

藤田医科大学の宮川です、よろしくお願いいたします。博士のキャリアパスにつきまして、SciREX事業 共進化実現プログラム「安定性と流動性を両立したキャリアパスの仕組みについての定量・定性的研究」というプロジェクトを行っております。これは文科省の人材政策課の官僚の方々と、日本科学振興協会の有志数名で共同で行っているプロジェクトで、私はこのプロジェクトの共同代表を務めております。これについて簡単に紹介させていただきます。

このプロジェクトを始めた経緯なんですけれども、皆様ご存知のように多くの先進国では博士号取得者がどんどん増えているのに対し、日本では(相対的に)減少傾向、あるいは低いレベルで横ばいであり、若手の科学技術分野への参入が減ってしまっているという、大変由々しき事態です。

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今後、このままでは科学技術立国としての日本がまずい、というか、もう既に「だいぶまずい」状態になっている。なぜこんなことになってしまってるのでしょうか?おそらくその最大の原因は、ポスト、研究者・博士のポストが不安定だからであろうと考えられます。

大学で研究者の半数近くが任期付でありまして、しかも最近は、10年雇い止めの問題というような深刻な問題も起きてしまっているわけです。これは世界的にもそうだとは思うんですが、アンケートをとりますと、知識生産活動で重要だと思う要因に「経済的安定」を挙げる人がほとんど、9割方の人であることがわかっています。

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また、これは以前この討論会でとったアンケートですが、終身雇用の主観的価値は日本ではとても高く、年間100万円から300万円程度にも上るというふうに考える人が多いわけであります。ポストが不安定で苦しんでいる先輩たちを見て、若手が博士課程に進学することを躊躇するようになってしまっているのです。

ならば、なぜ大学教員に任期付き雇用が導入されたのかというと、そもそもの目的は研究者の流動性を高めるためでありました。平成9年に「大学の教員等の任期に関する法律」というのができ、それまで終身雇用が原則であった大学教員で、任期付き雇用ができるように改正されたのですが、この経緯を調べると明確に「研究者の流動性を高めること」が目的と書かれています。

もう一つ、任期付が増えた大きな要因は、運営費交付金から競争的資金に基金がシフトしてきて、競争的資金が増えて、それで雇用される研究者が増えたことです。競争的資金は3年から5年の期限付きであるため、その資金で雇用される人も必然的に任期付になってしまうのです。

このような背景を踏まえて、私たちは、流動性を確保しつつ、競争資金を元手に研究者の終身雇用ポストを増やすことはできないか、と考え、提案をしているところです。

この案は、一言で言えば、「競争的資金・自己資金で無期雇用され、大学や企業など、分野・職種の壁を越えて研究を行う博士の人材プール制度」です。博士を大学コンソーシアムやJSPS、AMEDなどの資金配分機関、あるいは企業が終身雇用し、それらを派遣元として、博士が派遣先の大学や企業で研究関連業務を行うという仕組みです。ポイントは、派遣先が競争的資金や企業の自己資金で人件費を負担し、派遣元に支払うという点にあります。

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この仕組みであれば、大きな予算の追加負担なしに終身雇用ポストを創出できるのではないかということです。ただの派遣ではなく、職階は派遣先で特任准教授、シニア・エンジニア、といった社会的な体裁の良い名称を付与していただくことをイメージしています。

現在アカデミアでは博士人材は事実上、研究室主宰者、いわゆるPIとしてのコースを目指すしかないような状況で、競争に勝ち残ってPIコースに残るか負けてしまうか、どちらかになってるのが実情です。しかし、PIだけが研究を行っているわけではなく、ポスドク、技術支援、アドミニストレーター、それから教育中心の方など、多様な研究者としてのキャリアパスがあった方が良いのではないかと思います。

そして、その人のモチベーションや特徴、得意なこと、ライフステージに合わせて、フレキシブルに適材適所の人事異動が行われるような流動性を確保したいということです。我々の提案では、人事異動を奨励するだけではなく、大学の正規の終身雇用教員に対しても、そのような人事異動をできるだけ促進していただくと良いのではないかと考えています。これを「次世代型選択集中」と呼んでいまして、実験、解析技術、アドミニストレータなど、その人の得意なことに選択を集中してもらうということで、分業体制が充実し、研究関係者が研究に集中できる時間を確保しやすくなるというメリットがあると思っています。

この提案のもう一つのポイントは、企業です。企業に博士がどんどん 輩出されなければいけないということがありますが、企業に派遣された場合に、博士と企業のマッチングがうまくいかないような場合がありえますが 、気軽な お試し雇用が促進できるということです。

このプロジェクトは、現在、調査研究をしておりまして、本日は皆様からのご意見を伺って案に反映し、実現したいと考えております。ぜひ忌憚のないご意見をお願いできればと思います。

 


パネルディスカッション

柚﨑

まず最初に、ご講演をされていないパネリストの皆様は、自己紹介をお願いできますでしょうか?山中先生からお願いします。

 

山中

名古屋大学の山中です。立場としては本学会の理事長も務めさせてもらっています。また大学の方でも研究の方向をデザインするような立場も兼務してますので、一緒に議論できればと思っております。

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山中 宏二:名古屋大学・教授/副総長、日本神経科学学会・理事長

 

久保

理化学研究所の久保と申します。私は神経科学学会の将来計画委員会の委員をさせていただいています。日本学術会議のメンバーもさせていただいており、特に若手アカデミーという若手の研究者で作っている学術会議の中にある組織で活動をしております。今回は中堅の枠で議論に参加できればと思っております。よろしくお願いします。

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久保 郁:理化学研究所・チームリーダー、日本神経科学学会・将来計画委員会・委員

 

加藤

初めまして。マウントサイナイ医科大学の加藤郁佳です。私はまだ博士号を取得して1年半ぐらいで、このような場で意見できることがたくさんあるかわからないんですけど、日本神経科学学会の将来計画委員会の方で若手委員をしておりますので、若手というか、新しくこの分野でこれからやっていきたいなと思っている立場として、何か意見ができたらなと思っています。よろしくお願いいたします。

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加藤 郁佳:マウントサイナイ医科大学・ポスドク、日本神経科学学会・将来計画委員会・委員

 

金井

株式会社アラヤの金井と申します。僕は元々10年ぐらい前まではイギリスのサセックス大学っていうところでアカデミアで認知神経科学分野の研究をしてました。このアラヤっていう会社は自分で立ち上げた会社なんですけど、脳科学に関係あるような分野の事業化を目指してやってます。脳とAIの両方を扱っているのですけど、そういう意味で研究者のキャリアパスとかを考えるときに、面白い観点があるんじゃないかなと思います。

あとは、今国のムーンショットっていうプロジェクトのプロジェクトマネージャーをやっていて、そこでは神経科学全般の人たちに参加していただいて、主にブレイン・マシーン・インターフェースの開発をやっています。よろしくお願いします。

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金井 良太:(株)アラヤ・代表取締役

 

林と申します。本務は文部科学省科学技術・学術政策研究所のデータ解析政策研究室長をやっております。文科省の人間ということで念のため申し上げますが、私は 政策を作る人ではなくて政策を作る人に研究者としてエビデンスを提供する研究者の立場 です。

その流れで今期より日本学術会議の連携会員になりまして、科学者委員会学術体制分科会の委員長ということで、 第7期科学技術・イノベーション基本計画に向けた提言を取りまとめる立場にございます。ですので、皆さんと一緒に行政の方にどういうメッセージを出したらいいかっていうのを、この場で一緒に考えられればと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

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林 和弘:文部科学省科学技術・学術政策研究所・データ解析政策研究室長、日本学術会議・ 学術体制分科会・委員長

 

高橋

京都大学の高橋良輔と申します。私は脳神経内科でいいですけれども、かつては理研で基礎研究をやっていた時期もあって。そういう意味での研究経験というのが今日のディスカッションに活かせればと思います。今日は日本脳科学関連学会連合の代表という立場で出席していますけれども、学術会議の脳とこころ分科会の委員長も務めておりますので、今日のディスカッションを学術会議での活動に生かしたいと考えております。よろしくお願いします。

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高橋 良輔:京都大学・教授、日本脳科学関連学会連合・代表

 

東原

生物科学学会連合の代表をさせていただいております、東京大学の東原です。匂いとかフェロモンの研究やってるんですけども、私自身は30年ほど前にアメリカでPh.D.をとりまして、その頃は本当に自分のキャリアはどうなるのかなといろいろ不安に思っていたり、分野をかなり動いてたので、研究費も非常にいろいろ悩ましい若い時代を過ごしました。そういった経験もあるので、今こういう立場でぜひ日本のアカデミックの環境を良くするために科研費の増額を含めて、皆さんと一緒にやっていければと思ってます。よろしくお願いいたします。

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東原 和成:東京大学・教授、生物科学学会連合・代表

 

柚﨑

ありがとうございます。最初にお話ししましたように、本日は次の4つの議題について議論したいと思います。

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研究関係者のキャリアパスを長期的に俯瞰できるものに!

柚﨑

まず初めに、議論の叩き台の4つのポイントにコメント、反論、反対があれば、パネルの方からでも、オンラインの参加者の方々からでも、ぜひインプットしていただけたらと思います。が、おそらく研究者に多様なキャリアトラックが必要であるということについては、そんなに大きく反論する方はいないんじゃないのかなと思います 。それから正規雇用、これにもあんまり反論する方はいないんじゃないかと思います。問題は、実際にどのように多様なトラックを用意するか、流動性と同時に安定性をどのようにして確保するか、というストラテジーの問題かなと思います。先ほど宮川先生が紹介された、SciREX事業の大学コンソーシアムで研究者を終身雇用する構想は、一つの回答の方向かなとは思います。

産業関係では、金井先生から色々コメントがあるんじゃないかなと思いますが、いかがでしょう?

 

金井

そうですね。まさに今日のテーマだと思うんですけど、やっぱり、今、ムーンショットなんかに参加してる研究者がポスドクの人を探そうとしたときに、全然もう人材がいないみたいな状況になっているんです。実感として人材プールの先細りを感じていて、大学院生や修士の人に会って話すと、やっぱり「先行きが見えない」というんですね。若いときはいいと思うんですけど、40代ぐらいになった時に職が安定してないことが、非常に個人としては苦しいわけですよね。そういう姿を見て自分がその道に進むのをためらう人たちが増えていると感じます。

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僕は個人的にはもっと競争して勝った人だけでいいじゃないかと思う面もあるんですけど、ただでも日本全体での研究力を高めていくことを考えると、キャリアパスとして先が見えているっていう状態を作るのが非常に重要で、無期雇用が本当に必要だと思うんですね。かなり構造的な問題なので、さっき柚﨑さんがおっしゃられたような戦略、何をどう変えたらいいのかは考えるべきことだと思いましたね。

さきほど宮川先生おっしゃられていた「越境研究員制度」、僕は事業者でもある立場として、すごくいいアイディアだと思ったんですよね。もちろん無期雇用する派遣元の方がかなりリスクを負うことになってしまうんですが、そのリスクを負う代わりに、雇う方は結構割高のお金を払わないといけない仕組みだと思うんです。そのリスクに見合う派遣料を取れば、僕は成り立つんじゃないかなと思いました     。

あと、研究のキャリアには実はPI以外にもいろいろな仕事がたくさんあるので、PIにならなくても無期雇用を得られるチャンスは、仕組みとして作る必要あると感じますね。例えば我々は会社でサイエンスコミュニケーターを雇ったりしてるんですけど、研究者に限らず、URAとかも多分そうだと思うんですけど、研究自体をやる以外の、一般の人とのコミュニケーションやアウトリーチ全般も結構重要な役割だと思うんですね。

なので、そういう人たちがみんなそれぞれ特化したプロフェッショナルな志を持ってやっていけるようなキャリアパスができるといいと思いました。派遣に限らず、事業と結びつけるようなことも必要なのかもしれないですが、うまくやっていけばいいんじゃないかと思います。

アラヤっていう会社は何で成り立ってるのか?とみんなによく聞かれます。我々は基本的に、研究を提供してるんですね。なので、研究って仕事になるんですよ。我々のお客さんは日本の大企業などですが、特に大企業の中に、脳科学をやっている部門、またはやりたいと思っている部門はたくさんあるんです。

ただ、脳科学の研究者を直接雇ってそういう部門を立ち上げるという判断はなかなか企業にはできないと思うんですね。実際、そういう企業が我々のところに相談に来て、研究の知恵とスキルを提供するという仕事をしています。大学や研究所だけじゃなく、民間からも人材のプールへの需要があるんじゃないかと思いました。

 

柚﨑

ありがとうございます。人材のプールを政府主導で作るだけでなく、民間でも十分成り立つという視点を、なるほどと思ってお聞きしました。とにかくポストの安定性が一番大きな問題ですよね。今、文科省がいろいろなお金を出しているにも関わらず、海外に行く研究者が増えないのは、帰ってくるときのポストの不安定さがあるのだろうという気がします。現ポスドクの加藤さん、何か意見はありますか?

 

加藤

意見というより、むしろ「越境研究員制度」の案がすごく面白いのでいくつか質問していいですか?どうやって、キャリアのどの時点で越境研究員として就職することを想定されてるのでしょうか?それから、今の仕組みで大学で特任教員という形で採用されるのと何が違うのでしょうか?

逆に、企業から社会人博士として来ている人もいると思います。結局、どこに所属するかが違うだけで、似たようなことは現状でもある程度交流がローカルに起こっている感じがするのですが、その規模を大きくするということが目的なのでしょうか?

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宮川

まず、キャリアのどのステージから?という点ですが、今想定してるのは博士号を取得してからポスドクを1回、2回経験した方を想定しています。特に今、10年雇い止めというような問題もあるので、博士で研究歴が9年あるぐらいの人を対象にしてまず募集してみるといいのではと思っています。

長期的には、新卒で博士号を取得してすぐでも全然問題ないのかなと思い始めています。どういうことかというと、実はこの案、制度というよりも派遣企業の業態として実はもう既に存在しているんですね。既にこのような派遣業をされている企業の方にもお話を既に伺ったところ、新卒の博士を終身雇用しているんですね。

博士の派遣にはすごくニーズあるらしいんですよ。先ほど金井さんもおっしゃってましたが、研究者のニーズは企業にもすごくありますし、アカデミアでも競争的資金を持っていて期限付きで雇いたいニーズも、あるにはあるわけですよね。派遣先が見つからない空白期間はほとんどなく、90%以上は常に人材が稼働している状態で、むしろ人材不足とおっしゃっていました。そういう意味でも、博士取得後すぐ終身雇用も可能だと考えています。

2番目のご質問の、今の特任教員や特任助教とどう違うのか?ですが、今の特任教員は任期がついてますので、その先が見えず、失業する可能性もあります。実際、僕の知り合いでもそういう人がたくさん出てきているので、とにかく職が途切れてしまうのは日本人としてはかなり怖いことで、それを防ぎたいという点が大きな違いだと思います。

3つ目のご質問ですが、博士として企業から派遣されてくる場合は、プロジェクトベースで、コンサルタントっぽい感じになる場合もありますし、本当いろいろな形態がありうるんじゃないかと思います。

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柚﨑

参加者からの質問が9件ありますので1つ取り上げたいと思います。

「そもそも、若手研究者は流動性を求めているのでしょうか?少なくとも私は嫌です。コロコロ職場が変わるのは嫌です。若手研究者にちゃんと意見を聞いたんでしょうか?」

おそらく、皆さん安定性を求めてるんだろうと思います。私の周囲の若手の研究者もそうです。この流動性の論理はどこから来てるかっていうと、むしろ雇用側の論理だろうと思います。人件費を出してる側から言うと、この人は向いてないなっていう人は、できればどこかの時点で流動性が必要、というむしろ 論理で す。やっぱり研究者に向いてない人は、向いている仕事についた方が本人も幸せです。かつての日本では、万年助手という形で一旦雇用されればもう、ずっと閉じこもって、好きなことばっかりやっている人が出てきてしまったことを批判されたことから始まったんだ とは思います。

なので、多くの若手研究者は流動性を求めていないのだろうと思います。今議論しているのは、もっと安定して雇用できるシステムを作ろうというアイディアの一つとして、「越境研究員」やコンソーシアムというのを作ってはどうかという意見だったのだろうと思います。

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宮川

今の柚 崎先生の回答に一つちょっとだけ補足なんですけれども、基本、若手研究者は流動性を求めてない人がほとんどだと思います。1箇所でじっくり研究を行いたい、これが基本だと思うんですが、流動性を求める場合もあって、例えばラボのボスとうまくいってないとか、他のラボに行きたくても行き先が見つからないとか、そういう場合には若手側からも流動性を求める場合があるはずかと思います。

 

柚﨑

今のキャリアパスの話にもう一つ付け加えるとすると、文科省やAMED、厚労省、あるいは各マスコミといった方向へのキャリアパスを進めるために、双方向にキャリアを体験できるインターンシップを用意するといったこともディスカッションには上がっていました。

会場から意見や質問が21も入っています。最後に時間が余ったらまた質疑に戻りますが、次のトピックに移りましょう。

 

安定した基盤的研究費の充実を!

柚﨑

では次に、一番多分議論のあるところだと思いますが、先ほど後藤先生の方からデータとともに示していただいた基盤的研究費の話に移りたいと思います。

この議題には3つのポイントがあります。1つ目が、基盤的な研究費、いわゆる科研費を充実して、評価による増減ありのリニューアル可能なものにして安定化させようということ。2つ目に、いわゆるトップダウン型の研究費と科研費の効果的・有機的な連携システムの構築。3つ目は、年度繰越をできるようにしようということ。科研費を充実しないでという人も、年度繰越されたら困るという人もいないと思うので、この2つはあまり異論が出ないかもしれませんね。リニューアル可能なものにする、という点についてはひょっとしたらコメントがある方がいるかもしれないですね。

後藤先生は、ボトムアップ型の科研費を増やす分、トップダウンを減らすべきとか、そういう議論ではないということを強調されておられました。しかし逆に言えば、それならどうやったら全体のパイを増やすことができるのかという議論になるのかなという気もします。それについては、後ほどの議論でも取り上げたいと思います。まずは東原先生からコメントをお願いします。

 

東原

最近、私達の研究・教育の環境は、いろいろなところでかなり悲鳴が上がっているわけです。皆さんご存知のように、国大協の永田先生が限界発言をしたり、国立科学博物館がクラウドファンディングをせざるを得なかったり、芸大がピアノを売ったり。一番最近では、国立大学の学費値上げ問題など、いろんなところで、国が教育現場をもうちょっと大事にしていただく必要がある状況になってきております。

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その中で、私達、生科連には何ができるのか。やはり、全ての研究者に共通な基礎的研究費をもう少し充実させてほしい、というのがみんなが思ってるところです。去年から科研費増額の要望を準備してきて、人文社会学も含めて多くの学協会からの賛同を受けております。今後は、できれば今年の国の予算案に反映させていただけるように、この秋までに要望を出していきたいと思っています。

政府が動くためには国民の理解が一番大事なところだと思います。そこに関して言えば、基礎研究を大学院生が経験すること、つまり、本質的なリサーチ・クエスチョンを立てて、ロジックを持って、ベストなアプローチを組み立て、データを出し、解釈して、世の中に出していく、その過程を経験するということは、まさしく「仕事ができる人間を育てる」ということなんですね。

基礎研究を通じて大学は、社会にそういった人材を輩出できることをきちっと伝えていなかければいけません。当然、課題解決型の研究も大切なのです。しかしそれだけではなく、本質的なクエスチョンに対してちゃんと研究を構築する過程を踏める人間を世の中に出していくことは、一般国民にとっての安全安心という国力にも繋がりますし、企業にとっては技術立国としての力になります。

私たちの研究を支えている科学研究費は、単純に私達研究者が自由に勝手気ままに研究をするためのものではなくて、世の中にそういった形で貢献するものなんだ、ということをきちっと伝えていかないといけないんじゃないかと感じております。

そのため、今後は政府への要望とともに、国民の理解を得られるような方向性で私達研究者はきちっと発信をしていかなければいけないのではないかと感じています。

 

柚﨑

ありがとうございます。フロアから、今の東原先生のご意見に関連した質問がありました。

「どうして税金を科研費に費やさなくちゃいけないのかを示すことが重要ではないかと思います。その点についてお考えを教えてください」

「どうやってアウトリーチ活動、あるいは政治家へのアドボカシー活動していくのか?」

後者については後の議論で触れたいと思います。

林先生の方から、現在の第7期の科学技術イノベーション基本計画も含めて何かご意見はありますか?

 

ガチ議論のWebサイトに書いてある提言なども拝読させていただきましたが、現在(分科会の成果を)公にできる情報量が少ないので、口頭でできる限り柔らかくお伝えします。提言案がちょうど昨日の午前中に出来上がったところでございまして、その中にこの「安定した基盤的研究費の充実を」という文言、それから人材に関する内容は含まれておりますので、ある程度織り込まれていると最低限読める内容にはなっていると思います。

さらに付け加えると、そもそも税収も人口も減っている中で博士課程に進む人が減っているという状況では、やはり博士のキャリアパスの充実と、総合的に博士課程への入口をどう充実させるかが問題です。人口動態だけは確実な未来予測と言われていますよね。0歳児の人口が20歳になったときに増えていることはあり得ないので、博士課程の入口の充実度が、本日のこれまでの議論ではなかった点として、第7期の案に盛り込まれています。

宮川先生がされたような非常に面白い提言については、基本計画に向けた提言案は粒度が大きいため細かい施策レベルのところまでは書いてはいませんが、とにかく人材の多様性に対応できるようにする、入口をもっと魅力的にする、といった点は含まれています。

また、第6期との一番の違いは、大規模感染症の出現やAIの飛躍的進展、さらに気候変動がいよいよもって差し迫っている、この予見不能でにっちもさっちもいかなくなってきた変化に対応できるようにするためには、こうした有事に対応できる 平時の基盤的な研究力の醸成が重要であるということです。これは日本学術会議がこれまでの科学技術基本計画に関する提言で必ず毎回言っていることであり、それをしっかり踏襲する流れになっています。とりあえず関連するところでは以上です。

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柚﨑

ありがとうございます。入口の話というのは、大学院生や博士課程に進む人を増やすといったことでしょうか?

 

そうですね。そこを魅力的にしなければいけないのですが、しかしそのためには結局後ろに続くキャリアパスがちゃんとしなければならない、という鶏卵の問題であり、総合的にやらざるを得ないということだと思います。

 

久保

科研費の安定性についてはずっと考えていて、だいたい基盤研究は研究の期間が3年から4年ですが、なかなかその研究期間で提案した研究を終わらせて論文化することは、今の時代、結構難しいと思っています。やはり論文にするにしてもデータの質と量は非常に求められていると思うので、例えば科研費の基盤研究の期間を5年までにできれば、もっと安定して研究ができるのではないか。また来年度の研究費を申請しなければ、雇用している方を来年度どうしよう、といった自転車操業的なところは改善できるのではと思いました。

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柚﨑

ありがとうございます。先ほど採択率が3割は困るという話もありましたが、結局、1件の科研費が少なすぎるんですよね。基盤Cでは研究室運営ができない、Bでもかなり難しく、かつ3年で終わりと言われるとやっていられないので、本当は金額を増やして5年にするべきというのは、久保先生が言われた通りだと思いました。

個人的な話ですが、私は20年前にアメリカで独立しました。アメリカにはNIHのRO1という研究費があり、取るのは大変なのですが、取ると1年間で2000万以上、5年間利用でき、ジュニアからシニアまで同じ枠で応募でき、ジュニアの場合には、少し採択されやすくなる仕組みです。当時採択率は10%を切っていて、今も10数%ですが、当たれば研究室が運営できる額が得られます。ひょっとしたら、科研費増額運動の方向性はそこなのかもしれないと思いました。

 

宮川

今、久保先生がおっしゃった科研費の安定性の問題は、e-C STIという内閣府の調査では、研究費の種類で最も研究生産性、効率がいいのが運営費交付金であり、次に科研費、その次にトップダウン研究費だという結果があります。私の解釈では、運営費交付金による研究費は安定していて、しかもかなり自由度が高いから、高い生産性を生み出しているのではないかと思うわけです。

しかし、後藤先生や東原先生のご活動にも関連するところですが、運営費交付金で研究費を増やすことはなかなか敷居が高いんですね。それに代わるものとして、科研費を増額し、基盤的に安定した自由度の高い研究費にしたい、ということを言っていくと、運営費交付金よりは理解が得られて実現しやすいのではと思います。この点をぜひ次の基本計画には入れていただけるとありがたいと思います。

 

私もその流れはサポートしたいのですが、おそらく運営交付金が今後増やされる可能性があるとしたら、光熱費に耐えられないとか、大学運営が難しいから増額、というのであれば可能性はあります。しかしそれでは研究の発展には直接つながらないジレンマを抱えます。

実はイベントの前に宮川さんとも話していたのですが、研究者がパッとアイディアを思いついた時に、申請書を書かなくてもすぐに研究を始められる仕組みは必要ではないかと思います。アイディアが閃いた時に、いちいち申請書を書いていると心がすり減ってしまうことすらある。少額でもいいからすぐに使える研究費を支給できる、運営費交付金の本質はそこだと思います。そういう新しい研究費助成のために知恵を出すというのも良いのではないかと思います。

 

高橋

運営費交付金も科研費も、ぜひ増額してほしいですし、本当に皆様のおっしゃる通りだと思うのですが、要するに、「理由がないとお金がもらえない」というのが一番の問題だと思います。

今、私は脳神経統合プログラムというトップダウン型研究費のプログラムスーパーバイザーをしてますが、中には結構基礎的な研究も重要なものは採択されております。将来的に社会実装に結びつく、認知症の克服につながる、といった理屈がつけられる研究は、基礎的な研究でもトップダウン型の枠内で研究費が取れることもあります。

一方で、脳やがんのように国が力を入れていて恵まれた領域ではない研究もあります。例えばノーベル賞受賞者の大隅先生のオートファジー研究は絶対にトップダウン型の研究費がつかないようなベースから生まれているわけです。そういった研究にきちんと手当てをしつつも、我々研究者もトップダウン研究費の中にうまくボトムアップ的な要素を盛り込んでいくなど、賢く考えていく必要があるのではないかと思います。

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東原

運営費交付金について、国は「国際卓越など大学にお金を出しているよ」と言うかもしれないですが、私が思うに結局、国から大学へのお金は、大学や研究者の自由な裁量がなくなり、どんどん政府が手を出して 、用途や事項を指定して支配的に決める方向に向かっているのではないかと思います。これは日本学術会議が戦っている部分と繋がってくると思うのですが、やはり広く言えば学問の自由が少しずつ侵害されてきているということです。運営費交付金というような、もうちょっと大学が裁量で使えるような予算を増やしてほしいと思うのですが、いかがでしょうか?

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冒頭申し上げた通り、私は文科省を代表するものではないので、むしろ責任を持って何か言える立場ではないという前提で踏み込んでお話ししたいと思います。おっしゃる通りなんですが、国が縛っているように研究者から見えるのは、(直接研究者を縛っているつもりはなく)国が納税者の方を向いている結果なんですね。公的研究資金を配るには納税者に対して説明ができないといけない。だから、出口戦略が求められがちですし、納税者にわかりやすい研究領域は重点化 にされやすい傾向があります。

言い方が難しいのですが、研究者を縛りたいのではなくて、納税者に対する責任を果たそうとすると、結果的に今おっしゃったような流れになる部分があるという構造的な問題だと思います。だからどうしたらいいかというと、実は皆さんが向くべきは行政ではなくて国民である、という話に改めて戻るわけです。

理想的なのはイギリスのように、「科学者が科学をやるのは当たり前、それを税金で賄うのことで社会に還元されるのだ」という科学者と社会の間の信頼関係が出来上がっている文化を醸成することです。

それを日本がすぐにやればいいというのではありませんが(すぐできるわけでもありませんが)、科学とそのコミュニティが社会に認められていれば、巡り巡って行政の人も「科学者に好きにやらせていいんですね」という流れになります。議論の本質は、その仕組みをどう作るかを考えると、結局科学が社会にどう信頼されるかという話に戻ってくるのではないかと思います。

 

山中

先ほどの議論は私も基本的に賛成です。この会場に集まっている皆様には、日本神経科学学会がこの科研費増額の署名活動に対してどういうスタンスでいたかということは、7月10日に一斉メール配信をしています。生物科学連合からの要望書も、今日のような論点をしっかり盛り込んですごく良くなりました。トップダウンや科研費を増やしたことで基盤的研究費が減らされて電気代払えなくなるようなことがあってはいけないとか、林さんがおっしゃった社会からの声として認めるべきだという点も含めて議論し、科研費増額の要望書はよくなったと思います。

皆さま一人一人が、自分ごととして考えて署名をしていただきたい、というのが本学会のスタンスです。また本学会は、脳科学連合や生物科学連合に属しています。学会連合としても賛成している、その背景も含めて、我々のスタンスを全会員にメール配信で周知したところです。ぜひご自身のこととして考えて対応していただきたいです。

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柚﨑

皆さま、学会からのメール配信をちゃんと読んでくださいね。

私自身は運営費交付金については、林先生のご意見に賛成です。研究者がどれだけ「自由にやらせてくれないと研究が発展しない」といっても、なかなか通らないのだろうと思います。アメリカの大学では、運営費交付金みたいなものよりも、自ら外部資金を取ってきてラボを運営するモデルがあります。

ただ、基盤的な安定した研究費が必要なことは100%同意です。それをどう確保していくか、ということで、3つ目の議題を後にして、4つ目の議題に移りましょう。

 

社会との対話の活性化を!

柚﨑

「社会との対話の活性化を」というテーマについて議論したいと思います。大型研究費の申請では最近、どれくらいアウトリーチ活動をしているかを書くことが義務付けられています。アウトリーチ活動は必ずしも成果としては評価されてない問題もありますが、研究費の原資は税金なので、研究から得られた成果を社会に還元するために必須の活動です。

「研究から得られた成果が学術的・社会的なイノベーションを生みやすくするために、オープンサイエンスを推進し、一般国民、企業関係者、政治家、官僚などとの双方向性のコミュニケーションや連携を行うことのできる場や仕組みを設けていくこと」と提案しています。これは研究者側が、1円でも研究費をもらっている以上、必ずやらなければいけないことです。小中学生や低年齢層の人へのアウトリーチ活動も含めて、将来の脳科学ファンの育成を目指していかなくてはいけない、というところです。この点、何かコメント等あればお願いします。

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金井

先ほど「国民に信頼される」という話があったのですが、国民に向けた活動はすごく大事だと思うんですね、僕は。

偏見かもしれないですが、世の中の人は、あんまり研究者を好きじゃないと思うんですよね。まず、好きなことをやっている、というのがなんか気に食わないっぽい。好きな研究に熱中することは素晴らしいことだと思うんですけれど、好きなことを税金を使ってやっていて、一方でお金に関して緩そうなイメージを持たれてしまっている。そしてその研究が何の役に立ってるかがよくわからない、みたいな印象を多分多くの人が持っていると思うんですよね。そのイメージは簡単に変えられることではないし、全員の意見を変えるのは難しいと思うんですが、一体何をしたらいいのかなと思うんです。僕自身も、研究者はXでネガティブなことばっかりみんな言ってるな、と思うんですよ。

先ほどの科研費倍増のイニシアチブについても、僕はすごく大事なことだと思ったんですが、中には「運営費交付金を増やすべきだ」という意見もあって、研究者は全然意見がまとまっていないみたいに見えたんですよね。

なので、ちゃんと国民に理解してもらうためには、この活動がまさにそうであるように、学会で意見をまとめて持っていったり、この壇上にいるような人だけでなく、 普通の若い研究者が全員それを大事なことだと気づくことが必要だと思います。本当に科学者への信頼を高めるために何できるのか、僕にも全然答えがないんですが、とても重要なテーマだと思っています。一般の人から研究者が応援されるようになれば、国民はふるさと納税のような仕組みで寄付してくれるのではないかと思うんです。それぐらい、国民が自分の税金を使って欲しいと思える、それで日本が良くなるんだったらいいじゃんと思えるようなところを目指したいと思います。

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今日は学術会議分科会の委員長としての立場で来ているのですが、専門がオープンサイエンスですので、その専門家として今のご意見に共鳴したく思います。研究者の皆さんには、ぜひクラウドファンディングを使うべきだと言いたいです。万能ではないですが、私が知ってるオープンサイエンスのチャンピオンケースで、やりたい研究が科研費で落ちてしまったのでクラウドファンディングで資金を獲得して、研究がうまくいったから科研費が取れた事例があります。研究成果ができてからアウトリーチするのではなくて、最初に研究費を獲得するところからアウトリーチをするのです。私の研究はこんなに面白く、役に立つんです、と一生懸命アピールして、市民の皆さんからお金をいただくわけです。その時点ですでにアウトリーチが済んでいる、と言う意味で、これを私は「アウトリーチのDX」と呼んでいます。

これまでの議論の文脈でいうと、すでに国民に認められた研究で成果が出れば科研費がつくというケースはより納得性が高まるわけです。研究トピックによってクラウドファンディングが使える場合と使えない場合があるにせよ、これは一つの知恵の絞り方であり、今よりテクノロジーがやAIがさらに進化することで、こういった、資金獲得や研究手法の新たな姿を模索する知恵絞りがまだまだできると思います。特に若い人には、エスタブリッシュされた大学の仕組みの中で、競争的研究費をもらいながら研究をすることは続けながらも、新しい方法を模索する時代にあるのではないかと思います

 

東原

私も概ね賛成ですが、研究をしている立場からは、エビデンスがある前にアウトリーチはしにくいんですよね。これ以上は言えないな、という部分で躊躇してしまいます。クラウドファンディングをみていると、エビデンスがない段階で、どういうレベルでアウトリーチをするのが良いのかを考えてしまいます。

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 林

私もそこが科学者の本質だと思います。最初からエビデンス持っている人は(新奇性の観点からは)一人も本来いないはずですから、最後は人の魅力だと思っているんです。その科学が新しいか、実用的かどうか以上に、最初はこの人はおもしろいかどうかが大きな要素だと思っています。嫌な言い方をすると、人たらしのスキルということになってしまうかもしれません。この辺りは科学と科学者の理想と現実で、これだけで1つの討論のテーマになりそうですね。答えはないんですが、そういう形で結果的に研究を進めていく人もいるだろうと。

 

東原

私なんかは、自然を対象にして研究をしているので、論文を出すときにはなるべく「自分を消す」というか、そういう方向に書くことが多いわけですね。

 

研究を進め、論文を書くときは、科学に対して真摯にやるべきなのですが、お金を取るところはまた別のやり方があるのではないかと。その点では金井さんに伺いたいのですが、ビジネスで出資をする時には、人の目を見る、というじゃないですか。私はそれはベンチャーの本質だと思っているのですが、科学者にお金を出す時、科学者を採用するときにも最終的には「その人の目を見ればわかる」という方が結構いらっしゃるんですよね。

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宮川

先ほど金井さんがおっしゃっていた、「研究者は一般の方々からうっすら嫌われてるんじゃないか」というのが、かなり本質をついてるんじゃないかと思うんですよね。

面白そうなことを国のお金を使ってやっている、それに加えて学術会議がなんていうかアグレッシブな感じで、ちょっと上から目線ではないか、みたいな印象を持たれている。この「うっすら嫌われている」みたいな状況は、やはり直接国民と会って話をする、先ほど林先生がおっしゃった「その人の目を見る」みたいなことによって、ずいぶん改善するんじゃないかなと思うんですよね。

社会心理学でいう「単純接触効果」、何回も会って顔を見て対面で話をした人に印象が良くなるというのがありますが、研究者が社会に出て、国民の皆様、その代表である政治家や官僚の方々と対面でお話をすることによって印象が全然変わり、こういう人たちにだったらお金出してもいいかな、という雰囲気になるのではないかと。

クラウドファンディングもまさにそういう方向性だと思います。そういう意味では、日本神経科学学会でも市民公開講座「脳科学の達人」をやっていますが、ああいう活動も重要ですし、学会に市民をお呼びしたり、逆に研究者が街の中に出ていってプレゼンをしていく、そういった科学コミュニケーションをすることが重要なのではないかと思います。

日本科学振興協会(JAAS)でも、「会いに行ける科学者フェス」というイベントで多くの学会連合からの後援を受けて開催しました。「会いに行ける」という形で国民の皆様や政治家の方々にお会いし、研究に対する熱い気持ちを伝えていくことが大切だと考えたのです。そのような活動を、学会連合や学術会議のスケールメリットを活かしてやっていくとずいぶん変わってくるのではと思います。

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加藤

やはり「目線を合わせる」ことがすごく大事なのかなとお話を聞いていて思いました。私が今所属しているマウントサイナイ医科大学では、同僚がOCD(強迫神経症)の患者会と研究者が共催という形で勉強会をしています。神経科学にはいろいろ当事者の方がいらっしゃるので、壇上に研究者がいて聞いていただくという形ではなくて、本当に同じ側に立って話す機会をもっと増やせるといいのではと思います。

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柚﨑

その点について、今、精神科や神経内科でPPI(患者・市民参画)と言って、患者さんとのインタラクションが非常に求められ、それが研究評価の項目に盛り込まれる動きがあります。 高橋先生か山中先生にご意見をいただけますでしょうか?

 

高橋

これは科研費増額運動の話にもつながる話ですね。元々、この科研費増額運動は、「科研費増額を要望します」という言葉で始めたのを、「要望しましょう」に変更しようと脳科連の副代表である加藤先生がご提案されて変更した経緯があります。言葉を少し変えただけで、みんなに呼びかける、あなた方の問題でもあるんですよと訴えかけるいいスローガンになったんじゃないかと思います。

話し合いで一つの意見にまとめることができた、これは本当にすごいことじゃないかなと。大体、学者っていうのは自分の意見を曲げない人が多いので、運動をしても絶対まとまらないのが普通です。科研費を増額しましょう、といった誰でも賛成しそうなことにも反対があったりします。それをちゃんとまとめ上げてこのような形にできたのですから。

今の議論もとても大事だと思います。PPIもありますし、科学者が国民に嫌われていることをどうしたらいいか、ということを学協会で、今回の成功体験を基盤にしてみんなで考えていったらいいんじゃないかと思います。

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柚﨑

アウトリーチについて質問がきています。

プレスリリースはやっています。だけどプレスリリースをすると、SNSで偉い先生から批判されることがあります。

これ、ちょっと気持ちはわかるところがあって、プレスリリースをメディアに取り上げてもらうためには「こんなに画期的なことが分かりました」「こんな病気が治りますよ」など、書き過ぎになることがあり、おそらくそこが批判されるんだろうなと。一方で、これは実は科学技術コミュニケーション側の問題でもあると思っています。「何かの病気に効く」と書かないと新聞に載せてくれない。メディアが本当の基礎科学の面白さを理解して国民に伝えてくれることもとても重要だとは思います。

これもアウトリーチの一つとして、偉い人だけがやる話ではなく、草の根レベルでみんなが研究の面白さや、今こんなに研究費がなくて困っているんだ、という情報を地道に伝えていかなければいけないと思います。

 

分野横断的な対話・議論ができる場を!

柚﨑

先ほど飛ばした3つ目の議題、「分野横断的な対話・議論ができる場が必要だ」という議題に戻りたいと思います。一つ目は、学協会レベルで、各年齢層のダイバーシティも含めて意見を国の政策に生かしていくための総合的なコミュニケーションの場を充実させよう、ということですね。

もう一つは、分野横断的な問題については学会の連合体や、日本学術会議と連動して協議 できる場を立ち上げよう、ということ。これは本来あるはずの体制なので、もっと機能させようということです。この2点について何かご意見があればお願いいたします。

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東原

これは非常に重要だと思います。今回、生科連の方で科研費の要望をまとめていく過程では、人文社会学も含めていろいろな連合体に協力を求めてコミュニケーションをとりました。その過程で出てきたのは、やはり連合が揃って協力して何かをする場を作る意義があるのではないかと。日本学術会議はありますが、それはとは少し違う形でできることもたくさんあり、今回のことをきっかけに連合間の繋がりを強力にして、できることを考えていくべきではないかというご意見を多数受けました。今後一緒に考えていければと思っています。

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柚﨑

ありがとうございます。例えばこういうような討論会を主催して、そこに分野を超えて討論に参加するような場があってもいいのかもしれません。

 

第7期基本計画への提案を書く時の議論の中で、今の話に関連する面白い議論があったので紹介させていただきます。あらゆる科学技術を課題解決で行う時に、大きな問題になるのが倫理と法制度です。その一点を置いても、実は討論に人文社会学系の方が入る余地は元々ありましたし、今どんどん交流がオンラインになり、距離や時間を超えてコミュニケーションが取れる時代なので、むしろそれを前提に討論を企画していく時代に入っているんじゃないかなと思っています。

さらに加えて言うと、倫理や文化は我々がボトムアップで時間をかけて作るものですが、法制度になると、やはり国や行政の話になりますので、そっちの方をしっかり見てもらいたいなというメッセージが提案には入っている状況です。

 

柚﨑

ありがとうございます。ただ、例えば学術会議で一部(人文・社会科学)と二部(生命科学)が混ざって議論すると、たとえば科研費の議論にしても、なかなか共通認識や前提が違うと感じます。ですから、共通項を書き出すことはもちろん必要なのですが、生物系・医学系は特に研究に非常にお金がかかり、かつ数理系や工学系と違って博士が産業界に就職しづらい特殊なところを書き込む努力が必要ではないかと思います。

人文系の方々は相当キャリアパスが異なります。30代のキャリアパスがとても細いと聞きますし、ほとんど非常勤講師などで食い繋ぎながら、40手前でいきなりテニュア准教授を取る、といったところは理系のキャリアパスと全然違いますし、研究評価の観点も全然違います。キャリアパスが各学系でかなり違うということは事実としてあるのではないかと思います。ただ、ニューロサイエンスから見ると心理学などはかなり関わる領域もあり、連携は必要だと思います。

 

加藤

キャリアパスに関しては、やはり神経科学特有の問題として、学部時点の専攻で神経科学が存在しない問題があると思います。私自身、今まで動物をメインに研究をしていましたが、ポスドクの研究では人から神経活動を取ったりしていて、人と動物を行き来するという時点でまず一つ大きなキャリアパスのギャップが生まれます。それこそ、研究費でどこに申請を出すかにも大きなギャップがあります。

職の安定性を求めるなら、基礎と臨床の間で行き来がなかったりする問題にもう少し流動性があっても良いのではないかと思います。今は1つの分野の研究をしてきた人同士でのコラボレーションは推奨されていますが、1人の人材がいろんな分野を移動することがますます今後重要になってくると思います。

これは、実験と理論という軸でもそうです。いろいろな手法を用いながら一つの問いを解いていくスタイルができるように、連携がより深まっていくといいと思います。


自由討論

柚﨑

ここからは自由討論という形で進めさせていただきます。後藤先生、言い足りないことがたくさんあるんじゃないでしょうか?

 

後藤

いや、そんなことはないです。皆さん本当に、とても大事なポイントをたくさんあげていらっしゃいました。特に国民の方に対して「本当に研究は大事ですよ」と伝えることがものすごく大事だと思っています。

日本の研究が遅れていることは研究者だけの問題ではありません。国民の方が とても関心持っておられる健康長寿、エネルギー問題、食糧問題、環境問題、そして産業・経済への貢献、 安全保障、AIに基づいた情報社会など、その全てに研究の先進性が大事なわけですので、それをちゃんと国民にわかっていただくために、一緒に我が国の未来を何とかしましょう、という態度を示すことがすごく大事だと思っております。

また、学生さんたちは、少子化の中、本当に貴重なわけです。若い世代の方が大学で高度教育を受けて、高度人材として社会に輩出されることの大事さ、それをわかっていただいて、国民の皆様に一緒に協力していただくことがすごく大事だと思っています。

先ほどはボトムアップの科研費のことばかり申しましたけれども、本当に高橋先生のおっしゃる通りで、ボトムアップの 充実とともに、トップダウンでも基盤的な部分に戦略的にお金をつけていただくと本当に研究が進みますので、戦略的に、国民の皆様に納得していただきながら自由な発想に基づく基盤研究を推進することはとても大事だと思っております。

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柚﨑

本当に署名運動は、最初の第一歩を踏み出していただいて大変よかったと思います。もう一方で、国民にわかっていただく努力の方もやっていかなければいけない。「増やしてください」ではなく「増やしましょう」である、その文章にその気持ちが表れていると思っています。

 

高橋

国民に理解していただくために、どうしたらいいかというところですね。皆忙しく、若い人はとてもアウトリーチをやっている時間がないし、我々研究者はそんなに時間を割けないという問題があります。具体的な方法論としてお話を聞いていて思いついたのですが、今大学ではURAという職種が結構増えてきています。各大学、研究力強化をしなさいと言われて、京都大学では今URAが40人いて、将来的には300人にする計画を持ってます。実は私、そのURAの組織に勤めているので、自分のところの宣伝のようになってしまいますけれども。

URAの多くの方々は他の大学でも欲しがられますし、レベルの高い研究をしていた研究者の方が、自分はむしろこちらに向いてると言ってURAになる人も出てきました。多くの方は科研費申請のときに手伝ってくれる人、というイメージを持たれているかもしれませんが、それだけでは駄目なので、研究者の本当に大事なところをサポートする役割をどんどんこれからやってほしいと思っています。大学においては、Institutional Research (IR)など、大きな役割を担っていき、大学の研究力を強化する大きな声になっていくと思います。

ですから、各大学はそういった人たちにうまく一般社会と研究者の架け橋になってもらって、実働部隊として、一つの使命としてやってもらうといいかなと思います。完全に思いつきですが。

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柚﨑

僕自身はむしろ、中学生や高校生と話すのが好きですけどね。URAにアウトリーチしていただくのもよいし、URAにアレンジしていただいて、研究者がアウトリーチするということも、是非やっていければいいんじゃないかと思います。

 

久保

今、中高生という話が出ました。金井先生が言われた「国民の皆さんは研究者が嫌い」というイメージがありましたが、小学生の将来なりたい職業ランキングで、研究者って結構高いんですよね。なので、子供は研究者を夢見てる人が結構いて入口は広いので、その年代からファンを取り込んで、その人たちが納税者や政治家、官僚になる時まで、ずっと脳科学ファンでいてもらえるようなアウトリーチが非常に重要だと思いました。

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科学コミュニケーションの議論するとき必ず言うことを申しますと、「原理的な科学コミュニケーションは、自分が研究を楽しむこと」なんですね。「親の背中を見て子は育つ」と言われるように、研究者も先達が目を輝かせながら「俺の研究こんな面白いんだ」という姿をどれだけ見せられるかが実は科学コミュニケーションの礎だと思っています。それをサポートする側であるコミュニケーターというエコシステムをどう作り上げるかだと思うんです。

シチズンサイエンスの話をするときに、今の職業科学者って大変なんです、という話をすることがあります。すごく制約がある中で、まるで、ドラムを担いで、ギターを持って、ハーモニカを持って、1人で楽団をやらされてるようなスキルが求められている。それでもいいを演奏すれば、皆さんが聞いてくれるという状況ですね。[1]

 

柚﨑

ありがとうございます。フロアから、10人のいいねがついているコメントを読み上げます。

無期雇用になっても、つらそうな上の世代を見ていると大学教員になりたいと思いません。定時で帰れないし、博士の仕事の単価が下がっています。好きな仕事ではなく雑用だったりする場合がある。

まさにこういうことですね。楽しそうな姿を見せないといけないなと思いますが、本当に雑用が多いというのは大きな問題でもありますね。報告書、申請書、評価疲れという感じがあります。そういう意味でも一件あたりの研究費が増えて、長期になれば楽になるのにな、というのが私の実感ですが、一方で基盤Cで十分だから採択件数を増やして欲しいという意見もあります。これはそれぞれの研究者のステージで感覚が違うのかもしれないですね。

 

山中

言い足りなかったことがいくつかあります。オープンサイエンスやアウトリーチは個人的にも賛成で、できるだけのことは自分でもしていきたいと思うんですが、多分、神経科学や脳科学の領域はアウトリーチやプレスリリースに非常に親和性があると僕は個人的に思います。脳の仕組みの研究は、人が人であるためにどこまでわかっているのかを知りたい領域だと思います。一人一人の研究者が少しでもアウトリーチをやっていくことで、神経科学のサポートは全体として増えていく可能性はあるのではないでしょうか。

もう1点は、キャリアパスについてです。若い世代には研究者を目指している方がかなり多い中で、研究者の他のキャリアをよく知らないという方が多いのが現状です。先ほどのURAは一例ですが、多様なキャリアのロールモデルになる人の数が少ないので、研究者側からあまり見えてないんですよね。なので、もうちょっと大学が努力をして、URAの仕事の内容を発信したりする努力が必要です。海外では高度技術職員があり、今日本で増やしていこうという流れもあります。例えば、顕微鏡なら誰にも負けないほど実験好きな人が、初めて実験をする人の相談に乗ってデータを一緒に取ってくれるようなキャリアもおそらくあるべきです。そういう仕事が徐々に各大学の努力で増えてくるんじゃないかと思っていて、私たちの組織にもその流れがあります。

こういった仕事にも安定性の問題がありますが、URAは全国の大学で5年任期が多い中、実は各大学で人の取り合いで大変です。そのような競争が増えてくると、パーマネントのURAが増えてくると思います。うちの大学では全国に先駆け、5年の任期後に評価して無期雇用にするスタイルで、すでに今50人ほどで活動をしています。研究者になりたい人は、こういった多様なキャリアを意識しつつ見ていくといいのかなと思いました。

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金井

多様なキャリアのお話を聞いて、すごく感じるものがありました。日本の研究力を上げていこうという観点で、今日は最初のほうで無期雇用が大事だという話がありましたが、それは何というか、社会的スケールでの考えだ思いますが、一方で個人はそれぞれいろんなキャリアを体験すると思うんです。

今、山中先生がおっしゃったように、研究者の人がPh.D.を取った後、研究以外のキャリアがあるということがこれまであまり見えてなかった感じがするんですよね。研究は大変だし、本質的には競争もあるので、挫折は絶対あると思うんです。つきたかったポジションにつけないとか、会心の論文を送ってもリジェクトされたりとか。ずっと思い通りに成功していかないのが普通だと思うんですよね。

だから、全員が研究者になれなかったら失敗だ、と思い込みすぎない方がいい。もっと柔軟に他のこともいろいろやれると思うんですよね。神経科学は分野的に潰しがきかないようなイメージもあるのかもしれないですが、研究をするプロセスで、論文読んで、専門性のある情報を理解して、英語でコミュニケーションができるというかなり汎用性の高い能力を身に付けてると思うんですよね。それが活かせる仕事は、僕は思ったよりたくさんあると思うんです。

昔イギリスでPh.D.を取った同僚はベンチャーキャピタルで働いていたり、コンサルティング業界に行く人もいますし、プログラミングができる人はIT系の企業で大学の先生よりもたくさんお金をもらってると思いますし。すごく多様な道があるので、もっと情報共有して見えるようにしていくといいのかなと思います。僕自身も大学を辞めて会社をやってますが、その道もすごく面白いですし。

自分はこれをやる人だからと決めて、それがうまくいかなかったときにもう駄目だ、と思うよりも、何か違うことをやってみるほうが面白いと思うんですよね。僕はイギリスの大学辞めたとき、ある種の挫折感がありました。会社を始めたら全然研究できないし、ずっと研究者になりたかったので、「このために頑張ってきたのにそれができていない」というもどかしい状態になったんですよね。

でもしばらく違うことをやってまた戻ってくると、それがユニークな強みになったりします。一つのことがうまくいかなかったときに、違うことをやってみるのは全然悪いことじゃなくて、すごくポジティブなことだと思います。

流動性が何のために必要なのかという話があったと思いますが、他の分野に行って帰ってこれる状況がもっと自然になるといいんじゃないかなと思います。博士に行って、将来職がずっと不安定だったらどうしようと思うより、それを経験として使ってもっといろんなことができるようになるという心持ちというか。制度として、何となく研究者になろうかなどうしようかなと思ってる人が思い描ける未来像がもっと多様になると、そんなに恐れることはないんじゃないかと思いました。

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柚﨑

ありがとうございます。金井先生のような成功例がいっぱい見えてくると具体像がわかるようになるのかもしれませんね。

 

金井

全然成功してないんですよ(笑)。言うとみんながっかりするかもしれないですけど、もがいているだけです。

 

うちの研究所の宣伝になるんですけれども、博士人材データベースという調査をやっておりまして、実は日本でも博士を取った人のキャリアパスが多様であるというエビデンスは我々も持っています。

けれど、今、博士課程にいる人が、キャリアパスが多様かどうか認識しているかというと、全然認識してない。このギャップをどう埋めるかなんですが、これは結局、意識改革を含む文化構築みたいなものなのでそれなりに時間もかかりますし、それなりの力学というか、いわゆる慣性に抗うような力を加えなきゃいけないので軽々にはできないのですが、それをやっていく必要があるということです。

私もついでに告白すると、私自身は有機合成化学者をやっていて、DC1(日本学術振興会の博士課程支援プログラム)はもらってたのにそれをやめて電子ジャーナル、オープンサイエンスの世界に行きました。今ではこうやって気楽に喋りますが、当時はやっぱり周りはドロップアウトと見るわけです。私は自分がやっていることが面白いと思っているのに。

息子にも言ってるんですが、これからは掛け算の時代。専門性をいくつか持ち、その掛け算で自分のユニーク熱を出す時代だ。モジュールの数と種類が自分のユニークさを決めるんだ、と。そうすると、何がいいかというと、精神的避難所が増えるんです。そのモジュールの数だけそこにコミュニティがあるので、どこかがうまくいかなかったときに、別なところに行けるんです。

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柚﨑

ありがとうございます。いろんなルートが見えてくればいいですね。

 

加藤

私も今は普通にアメリカでポスドクをしていてアカデミックっぽいルートに載っていますが、博士課程中に基礎の神経科学の研究をしながら会社でちょっと働いて、治療アプリっていうアプリの効果計測の論文に関わったりしていました。そういう定量的な博士のスキル、論文を読んでコミュニケーションしてというスキルは、やっぱりすごく使えるものだなと思います。

私や私より下の世代の人たちで、研究で培ったスキルを生かして企業で活躍する人は割と増えているのかなと感じています。そういう人たちが将来、アカデミアも企業もどちらも魅力的に感じられるように、研究環境の改善が進んでいくといいと思います。

 

柚﨑

昔と比べると、いろんなルートも見えてきているということですね。特に数字系はかなり陸地が出てきている。逆に、僕らの分野だとパッチクランパーみたいな電気生理はもう絶滅危惧種になって、売れない分野もいろいろあるんだろうなとは思います。けれど、広くいろんな分野に若い人が入ってきてもらうためには、いろんなルートがあるっていうのを見せていかなければいけないのでしょうね。

一つコメントを読み上げます。

国民の生活も厳しいから、なかなかそんなお金来ないでしょという話なので、有力政治家や経営者といった、そういうところにも活動していったらどうですか。

というご意見です。政治家にはおそらくやっぱりアドボカシー活動はしていかなくちゃいけないんだろうなってというのは確かで、よく将来計画委員会などでも話していて、少しはやっていますよね。

 

宮川

今のご意見に関してですけれども、学会でアドボカシー活動を行って、自分の領域にお金を持ってくるという活動は、やっているところにはガーッとお金が来ることがありますよね。がんや、宇宙、核融合などは今ばっとお金が来ていますし、それは学会ごとにやればいいと思うんですが、分野横断的な問題、例えばキャリアパスの問題や科研費の問題などは、重要なのに実はどこもやるところがないんですよね。

学術会議がやるかというと、政治家の方々とは距離を置くみたいなことでやらないんですね。実は、日本科学振興協会はそういうアドボカシー活動をやりたいということで活動してたりするわけです。本当は分野横断的な学術会議ないしは学会連合で今回の活動みたいなものでしっかり研究コミュニティがまとまって、オープンに政治家や経済界の有力者に会いに行って、説明して何とかしてもらうという活動をやった方がよいと思います。

そのためにも学会連合の連合みたいなものが重要であり、ぜひ本日の一つのアウトプットとして、学会連合の会長をされている東原先生、高橋先生を中心に、ワーキンググループ的なものを作っていただいて、学会連合の連合としての活動のあり方を議論する場を設定するというのはいかがでしょうか?

 

東原

先ほど申し上げましたが、その方向性です。この場に限らず、他の学会、人文社会学系の人たちからも必要だという声が上がってきてますので、今後動いていきたいと思います。

 

柚﨑

ありがとうございます。それでは、本日はお忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。ぜひ、アドボカシー活動、アウトリーチ活動をして国民の理解と政治家の理解を得ながら、今後の日本の研究費、我々の研究環境を整えて元気になっていきたい。元気な姿をまた若い人に見せていきたいなと思います。今日は本当にありがとうございました。

 


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博士人材活躍プランでニッポンは救えるか?!

文部科学省が博士号取得者の社会の多様なフィールドでの活躍を目指す「博士人材活躍プラン」を発表しました。博士人材の活躍が日本の未来を支える鍵となることは、アカデミア、企業、政策担当者にとって共通の認識ですが、日本の博士を取り巻く現実は極めて厳しい状況です。

アカデミアでのポジション不足、任期付き雇用による生活不安、企業で博士採用がなかなか定着しないカルチャーなど、博士取得者は様々な困難にさらされており、それが博士課程への若者の進学を阻む原因にもなっています。

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少子高齢化が進む日本が国際的な科学技術力とビジネス競争力を持つためには、高度人材を増やすことが欠かせません。今回、文部科学省が打ち出した「博士人材活躍プラン」は、日本の博士人材の環境改善にどのようなインパクトを与えるのでしょうか?

文科省のプランを受けて、今年の4月から5月にかけて、生化学若手の会有志メンバーが「博士人材活躍プラン」に関する草の根アンケートを実施しました。このガチ議論では、アンケートの結果をもとに、文科省、アカデミアの研究者、当事者である博士、産業界経験者などのステークホルダーが一堂に会し、博士人材が真に輝ける社会を実現するための方策を徹底的に議論します。

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