2013.05.01 トピックス
研究者の待遇問題 -文科省お役人への質問のまとめI-
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- I-1 日本の院生の待遇の悪さA
- 日本の院生は、学費+生活費が自己負担で、5年以上の過重労働と科学への主要な貢献にも係わらず数百万円の借金を背負う可能性が高いという点で、世界的に極めて特殊な存在です。支援機構は単なる学生ローンに過ぎませんし学振などの支援は不十分で恩沢も一部に留まります。抜本的な待遇改善のためには、学費廃止・最低賃金の保障とそれを可能にする少数精鋭化が避けられません。大幅な定員減に舵を切る見込みは無いのでしょうか。(K_MIyamichi さん)
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- I-2 日本の院生の待遇の悪さB
- 最低限の給与を院生に支払う米国でさえ、合理的なネイティブ達には産業に逃げられており、学生の異常な献身に頼る日本型は世界的に奇異に映ります。また資金を獲得せずとも無料の院生が定常的に確保される状況は、教員の新陳代謝を滞らせる一因になるかと。学生を雇えなくなれば場所を整理でき、そこに新しい教員を採れるはず。お金の流れを抜本的に変え、教員が獲得した研究資金が学生をサポート出来る形になる可能性は有りますか (S_OTA さん)
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- I-3 日本の院生の待遇の悪さC
- 研究室配属時に「君達の相手は海外のプロ。プロ意識を持て」などと言う教授もいるが、では給与は?と言えば、博士課程に「学費と同程度」渡す、という学生扱い。「バイトなんて研究者のやることじゃない」から生活費は両親からの仕送りで賄う、なんて平気で言う院生も多い。院生が最低限生活できるだけの体制は整えるべき。個々の大学の教授陣の意識改革を待つより、上がきちんと決めるべき。その為に院生の数を絞るのも仕方ない。(SH さん)
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- I-4 若手研究者の雇用不安定/ワーキングプア問題
- 若手研究者の雇用不安定/ワーキングプア問題は、国が取ったポスドク1万人計画が先々までデザインされていなかったという国の失策による部分が大きく、ポスドクの自己責任では済まされない問題です。科学技術立国日本の将来を背負う若手研究者にどうやって雇用と研究環境を提供していくのか(経済の鈍化などといったexcuseはこの際抜きにして)具体的な方針を教えて下さい。(Taruho KURODA さん)
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- I-5 学振研究員の待遇の悪さについて
- 学振の「採用しても雇用関係はないから健康保険とかの社会保障はなしな。でも他の所から金貰うんじゃねーぞ」にはMEXTとしてはどう思ってるんですか?(GNK さん)
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- I-6 博士倍増計画はまずいのでは?
- 自民党が博士をさらに倍増させる計画を発表していますが、いったいどういうつもりなのでしょうか。これまでの大学院・ポスドク問題をどうとらえてどう解決するつもりなのか、まったく見えてきません。博士のキャリア問題は日本だけでなく欧米でも同様な状況なのですが、いったい自民党はそういう勉強はなさっているのでしょうか。博士倍増案は誰のどういうプランであるのか、責任をもってはっきりさせていただきたい。(Kashimata さん)
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- I-7 任期制は奴隷制?
- 研究機関の任期制職員が、定年制職員に比べ、経済的に不利な立場で雇われている合理的な理由はなんですか?任期制職員の雇用条件、任期、契約更新など生活基盤そのものの決定を定年制職員が決めているという構図は、研究者に2種類の身分階級があり、一方が他方を奴隷としているのも同然ではないかと思われますが、どのようにお考えでしょうか。(任期制研究員 さん)
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- I-8 適正にあった配置転換の仕組みの導入A
- とかく研究行政のてこ入れというと、大型プロジェクトにどかんと研究予算をつける話を連想します。そういったプロジェクトのリーダーは、研究者というよりはマネージャー的資質が有能なのではないかと疑いたくなりますし、遅く生まれてきたものはいつまでもプロジェクト組織の最下層で働くしかないのかなと思ってしまいます。年齢とすばらしい研究経験を重ねたマネージャー資質の人は、あえて研究現場を離れ、研究行政側へとステップアップしていただいて、第二第三の若き山中教授を発掘することに心を配って欲しいなと思います。文科省の役人さんも人材のスカウトや事務局として大いに活躍していただきたいと思います。世代交代が起こりにくいことを上の世代から心配されることこそが最悪の状態だと思っています。(とくめい2 さん)
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- I-9 適正にあった配置転換の仕組みの導入B
- 学生が大学院に進学しなくなった原因としてポスドク問題が良くあげられますが、そもそも魅力のある授業や実習が出来る大学教員の数が少ないということはないでしょうか。質の低い大学教員には交代してもらう。そんなシステムは作れませんかね。文科省の問題ではなくて各大学の問題?今に始まった問題ではない?(とくめい さん)
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- I-10 研究者のインセンティブと評価の仕組みはどうあるべきか
- 現在の科学技術政策において、「研究者にインセンティブを与えることによって日本全体の研究レベルが向上する」ことが前提にされているように思います。しかし以下のTEDで紹介されているように「インセンティブ」の与え方によっては、研究者の内発的動機(創造性)が損なわれる危険があるように感じます。知的好奇心を満たすために邁進し、自分自身の発見が世界に共有されることに心が奮え、そのことに対して国に心から感謝できる研究者が一人でも増えるような政策ができることを願っています。
http://www.ted.com/talks/…(M.Tada さん)
『ガチ議論企画その1:「文科省お役人への質問大募集」』にコメント投稿を多くいただきました。文科省科学技術改革タスクフォース戦略室との会合に先立ち、ここでいったん皆様からのご質問を整理させていただきたいと思います。内容により大きく3つのテーマ(I. 研究者の待遇問題; II. 文科省について; III.その他の問題)にわけて、それぞれについて記事を立ち上げました。ここではまず、ひとつめのテーマをご紹介します。
日本の研究者の待遇に関してのご質問が多くありました。無給で奉仕させられる院生や、博士余りで不安定な雇用に甘んじなければならない若手研究者など、研究者の待遇の悪さについて問題が提起される一方、適正にあわせた柔軟な人材配置ができない現状についてなんとかできないのかというご質問などがありました。会合では、戦略室の官僚の方がこうした研究者の待遇の問題をどう捉え、その解決にむけてどのようなご意見をお持ちかお伺いし、議論を行う予定です。頂いた回答については後日、独立した記事としてアップいたします。また、これと平行し、こちらではいただいたご質問(下記参照)について皆様からのご意見を募集します。質問にはそれぞれ番号をつけておりますので、コメントを投稿いただく際には「II-3」など、質問の番号をお示しいただきますようお願いいたします。
以下に『ガチ議論企画その1:「文科省お役人への質問大募集」』に寄せられた皆様の質問をまとめます。
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>>このような研究室が存在するのは事実だと思います。改善すべき問題だと思います。しかし、これは個々の研究室の特徴であり、バランスのとれた研究室も多く存在します。中に入らなければ分かりにくい難しいい問題です。
> 第3者である私やFJさんにとってはあまり影響の無い事ですが、その改善すべき研究室に配属された大学院生にとっては今すぐ変えて欲しい現実で、一刻の猶予もならない事態なのです。“中に入らなければ分かりにくい難しいい問題“なので、どのようにしたら、そのような研究室主催者の考え方、行動を外的要因によって変える事ができるようになるか、ということを考えていくべきでは無いでしょうか?
そのような研究室に在籍する学生のことを第3者の方が少しでも考慮して下さっているのは当事者として大変嬉しい限りです。しかし、”研究室主催者の考え方、行動を外的要因によって変える”などと悠長なことを言っている場合ではないほど酷いケースが見過ごされていることも事実です。こうしたブラック研究室問題は根っこの部分は捏造問題と全く同じで、ブラックで独善的なPIに限って客観的に見たらおかしいことも色々理屈をこねて自分の中では正当化してしまう傾向にあるのだと思います(普段からロジックの大切さを延々と説く人に限って怪しいです)。例えば、トランジェントに遺伝子を発現させた細胞株と、安定発現株で違う(時に真逆の)表現型がでやすいのを良いことに、都合の良い方を採用するなどがあります。だから、捏造問題と同様、ブラック研究室に対するペナルティーの強化が必要です。
大学がそれこそ自浄作用を発揮してブラック研究室のPIには即退場して頂きたいところですが、今まで見て見ぬ振りしてきたんだからいきなりは難しいでしょう。一番は、研究室ごとのPhD取得者の輩出率(PhD取得者/PhD志望学生)と取得に要した年数を公表することです。これで、ブラック度の客観的な指標になるし、”外的要因”としても必要十分です。そもそも、大学に所属する研究者を評価する指標が論文しかないというのは非常におかしな話です。彼らには教育の面でも期待されているのですから、グラント申請などに置いてもPhDの学生を何人育てたかというのも重要な指標にするべきです(屍類類では意味がありませんので”取得率”を公開することが重要になります)。
しかし、PhDの標準年限内の取得率を公表していない大学院・研究科の多い現在の状況では、個別の研究室のPhD取得率の公表などさらに難しいのかもしてません。しかし、事は深刻です。私も、まさか21世紀の日本にそんな研究室が存在しているとは夢にも思いませんでした(中学生ぐらいの時に読んだ本で博士の指導の厳しさに触れていたものもありましたが、そんなのは1970年代くらいの話かと思っていました)。
“中に入らなければ分かりにくい”とは本当で、中の人間も洗脳が行き届いている場合には、志望者に本当の事など言いません。こうして、歴代PhD志望者10人のうち1人もPhD取得できないラボというのが生き長らえます。修士の時点で諦めた人を含めるとその被害はさらに甚大です。他のラボに移れればまだ良い方で、断念する人も多くいます。
”情報公開”が一つの鍵になる事は間違いありません。一般には公開していなくても、種々の申請や報告を通じて文部科学省には各大学院の標準年限内のPhD取得率などの情報は渡っているはずです。大学が自身で公開できないというなら、文科省が一括で公表すべきです。そして、ブラック研究室の自然淘汰を促進しましょう。
Wakabayash先生
コメントありがとうございます。
少数精鋭を選抜するという点以外では賛同致します。
私は学生としては優秀ではなかったので、授業は苦手だが、研究に関しては興味がある者を進学させる枠も残すべきだと思います。
John B. Gurdon先生も同様の事をノーベル賞のインタビューで仰っておりました。
私は、学振が少数精鋭を受け入れ、育英会が好き者を受け入れるシステムだと思っておりました。しかし、旧育英会、日本学生支援機構は過去の奨学金を積極的に回収せず、極端な事に免除職を廃止したのです。教育者や研究者は、本職に専念している限り年収1千万を超える高給を望むことはできません。ましてや、研究者は流動的で居住地も含め不安定な職です。競争が激しく、労働時間も長くなりがちです。奨学金制度を見直すだけで給与という点では大きく改善すると思います。政府には考え直して頂きたい点です。学費に関しては、国公立大学では親の扶養から外れれば、かなりの率で学費が免除になったと思います。私立ではどうなのでしょう。
アメリカでアカデミックから企業に流れる理由としては給料の問題が大きいと思います。私の知るアメリカの一流企業のエンジニアはずいぶんともらっていました。一般社員でも高給でしたがその何倍です。
研究室配属に関する問題として私が考えた方策は、
研究成果の流出のリスクを無視すれば、テーマのみを決め、学科全体でオープンに研究指導するという方法です。そうすれば、1教員によるハラスメントなどの問題もなくなりますし、学生側の怠慢もオープンになるので客観的な評価と適切な指導ができると思います。研究指導が上手くいかない場合は、学生の怠慢か、研究指導、実験施設のどこに問題があるかはっきりします。しかし、教員の労力的に賛同はなかなか得られないと思います。
>博士課程に進学すると企業が採用を控える傾向があるということが、大学院で行われている教育に企業側が疑問を持っているということの証左ではありませんか?
これに関しては企業側の偏見と、博士号取得者の研究職へのこだわりやの問題が大きいと言われておりました。私が知っている対策として、博士課程在籍者やポスドクが希望する企業でインターン行うことを大学がサポートするという企画です。たしか政府のサポートを受けていたので、この結果を広く公開して頂ければ問題が見えてくるように思います。
>なかには終身雇用であることをいいことに就いている職位に見合っていない行動をとられている方もいらっしゃるかと思います。そのような方達が職を失って退場するようなシステムを導入する事が、ひいては、大学内の教育、研究レベルの向上に直結すると思いますがいかがでしょうか?
企業を含めて、人をクビにできないシステムがあるのが一つの問題だと思っています。
しかし、流動的なのも大きな問題です。私が知る方はPIが急死し研究室が解散になり職探しに大変苦労されました。ポストが少ない日本では、そのような若い優秀な研究者が路頭に迷うこともあり、大きな損失だと思います。
学生対教員の場合のハラスメントと同じく、教員どうしのハラスメントも存在します。研究も教育もこなさなければならない立場にもかかわらず、教育を押し付けられ、研究費も個人プレーになるとハイリスクであり、若手の教員は授業の仕方も学ばねばならず攻められる余地は多くあります。流動的なのは知識や経験を要する分野では教員の負担だけでなく教育の質を下げる事にもなります。人事的な評価は難しいものです。学生のハラスメントも含めて、オープンかつ良い方法があればよいのですが思いつきません。ワークライフバランスを最適化するスタイルは怠けていると評価され、それを実行する者が排除されるのが大半のケースだと思います。一般企業では決してクビになるほどではない人物がです。たいして給料も良くない、授業をしっかりこなしている人物がそこまでの仕打ちを受けなければならないとは思えません。
研究をしたければ研究所でやるべきだという点は割り切れる問題ではないと思います。研究をしない人物に研究は指導できません。授業で教える内容は極端に言えば、教科書を読めば良いですが、研究の指導とは前例の無い事にいかに対処し乗り越えるかを教えることだと思うからです。その前人未到の場までが地味で新参者には堪え難い過程、研究の本質だと勘違いをしてしまう魔の期間であり多くの指導者が悩まされる期間だと思います。問題がある場合教員の怠慢と、学生の怠慢とコミュニケーション不足のどれによるか判断は難しいです。問題が小さいうちに第三者が必要だと思います。大学がしっかり対策する必要があるでしょう。
>アカデミアの自浄作用、性善説に乗っ取った対応を行うのみでは、解決しないところまできていいるのだと思います。
弱者が守られる自浄作用はどの業界でも作用してません。抑止力が必要でしょう。
どのように返信をすれば良いか思案をしていて遅くなりました。大学院とは何をするところかというところの前提がFJさんとはどうも違っているようです。
まず、大学院生といえども、研究室を主催している人物の研究の一部を担っておこなっているわけで、労働(知的か肉体かはわかりませんが)を行っているわけです。その労働に対する対価を主任研究者が支払わない現在の日本のシステムは、これから大学院に進もうと考える若い人には魅力的には映らないでしょう。生命医学系の大学院で給与が支払われず、学費を納入しなければならないのなら、いっその事、海外の大学院に進学する方が得であると考える学生が多くなってもおかしくありません(そのような学生がどのくらい今いるのかは把握していませんが)。海外の大学院にいけば、給与が得られることを知っていて、あえて国内の大学院に進もうという学生は、英語に自信が無いか、日本の大学院の教育、研究環境が非常に魅力的で借金を背負ってでも行きたいと考えるかどちらかでしょう。このことを前提として、大学院生に主任研究員が獲得した研究費から大学院生に給与を払うシステムに変更した方が良いと提言させて頂きました。
現在の学生の能力、やる気の低下の問題は、学生側だけでなく、教員側にも問題があると思っています。文部科学省から大学院生の枠が決められていて、採用枠に従って学生をうけいれないと校費が減らされるから、多すぎるまたは能力が低すぎると教員が思っていても、枠を埋める為に学生を入学させているのだと思っていますがいかがでしょうか?そうであるならば、問題は教官側にあるはずです。自分で、学生を採用しておいて上手く指導ができない、学生のやる気を感化できないのは指導法に問題があるからではありませんか?もしくは、とりたく無いけれどとらないと校費が削減されてこまるから多くの学生を受け入れているのではないでしょうか?1990年代に大学院重点化を行ったのは、一重に大学人が予算の拡充を画策して行った施策で、その結果として大量の大学院生の採用、博士の大量生産になっているわけです。過酷な仕打ちに会う人間を減らす為にも、大学院生の受け入れ枠を全員に給付金が行き渡るくらいまで大学が自主的に大幅に削減すればよいのではないでしょうか。そして、少数精鋭を選抜すれば、問題は解決に向かうかもしれません。
以前は大学院はアカデミアに行く人材のみを養成する場所でしたが、大学院重点化後は、その目的が多様な社会で力を発揮できる人材の輩出に変わっていると思いますがいかがでしょうか?そもそも、博士課程に進学すると企業が採用を控える傾向があるということが、大学院で行われている教育に企業側が疑問を持っているということの証左ではありませんか?アメリカ、ヨーロッパでは、多くの企業に博士課程を終了し、ポスドクを経験した人が、就職をしています。また、そこから、また逆に、アカデミアに戻ってくる人材もいます。このことからも、いまの日本の大学院のシステムには社会の養成に答えきれていない(欠けているものがある)ということではないでしょうか?
ねつ造の問題はモラルの問題だけとはもはや言えない事態ではないでしょうか?
これも、水掛論になるので難しいのですが、ねつ造せずに清廉潔白に行動して無職になるくらいなら、ねつ造してでも職をとるために、論文を量産してばれないうちに有名になってしまおうとする人間がでてきても不思議ではありません。現にそのような日本人がいて、指摘されていても罰則も受けずに職にとどまっているという事例を聞くと、アカデミアの自浄作用、性善説に乗っ取った対応を行うのみでは、解決しないところまできていいるのだと思います。
COEのシステムを文部科学省のホームページから拝見しました。博士課程教育リーディングプログラムというのが始まっていたのですね。FJさんがご指摘の通り、重点領域とうではなく、このシステムを全ての大学の大学院プログラムに適用して欲しいと思います。
>このような研究室が存在するのは事実だと思います。改善すべき問題だと思います。しかし、これは個々の研究室の特徴であり、バランスのとれた研究室も多く存在します。中に入らなければ分かりにくい難しいい問題です。
第3者である私やFJさんにとってはあまり影響の無い事ですが、その改善すべき研究室に配属された大学院生にとっては今すぐ変えて欲しい現実で、一刻の猶予もならない事態なのです。“中に入らなければ分かりにくい難しいい問題“なので、どのようにしたら、そのような研究室主催者の考え方、行動を外的要因によって変える事ができるようになるか、ということを考えていくべきでは無いでしょうか?
弱い立場の学生が内部告発をしたとしても、大学当局が適正に対処してくれる確証もなく、どうなったとしても結局学生本人の将来も多額の借金とともにそこで終わってしまいます。
簡単に行える事としては、教官に対するリーダーシップ教育プログラムを大学当局に強制することでしょうか。大学教官としての振る舞いや学生、出入りの業者に対する対応の仕方など、リーダーとしての振る舞いを教育するプログラムを大学に導入させて、新任教官採用時に強制的に受講させる、また、1年に1回復習の意味を込めて(RI講習のように)簡易版を受講させるようにすれば、よいのではないかと思います。
他は、最初にもうしましたとおり、お金の流れ方を変えて、良い学生を育てられない教官の評価が下がるようなシステムを導入するしかありません。
>それは、運が良いですが、そのスタイルで実力が身に付くかは個々人の性格次第でしょう。いつまで実験をしても筆頭著者になれないのは、本人かボスに問題があるので、研究体制の問題です。
全く同感で、実力がない人でも評価されてしまう可能性があることを指摘したかったのです。
>大学院まで来て自分探しをするなということです。大学院は研究をしに来るところであって、したいかを判断する期間ではありません。研究を体感したいのであれば、どこかで意見がでておりましたが、研究室配属を早めるべきだと思います。
厳しいご意見ですが、大学院に入った瞬間に研究とはなにかと判っている学生がいるのでしょうか?大学生までは、ルーチンの学生実習、定型の授業を聞かされ、頭を使って発想するような訓練をほとんど受けてこなかった人物に、研究とは自分で課題をきめ、方法を考案し、証明するものだと言う事が、大学院入学時に理解できているとは思えません。“研究とは未知のものを発見するために実験をすること“というぐらいが積の山ではないでしょうか。私は、大学院は教育を施すとともに研究を行うところであり、研究だけを推進したいのであれば、国立の研究機関(例えば理研)に職を得る方がいいのではと思います。
本人に適正があるかを判断させる為なのであれば、配属を早めるよりも、サマーインターン制を取り入れて、学生が興味を持つ教室に夏期休暇中に特定の研究室(一つでなくても良い)に出入りして、研究助手のような形で研究の一旦に触れる機会を提供するほうが、学生にとってはよいと思います。“配属を早めて“縛ってしまうというのは、教官側の都合であり、学生にとっては視野を狭くする可能性が高くなり、選択が失敗であれば、取り返しがつかない期間が長くなる結果を引き起こす事例がでてくると思います。
また、そこまで、大学院生に厳しい態度で臨まれるのでしたら、教官の処遇に対しても同じように厳しくしないとフェアーではないと思いますがいかがでしょうか?物事は“先ず隗より始めよ”と申します。FJさんは記述されていらっしゃる内容から、優秀な大学教官なのだと思いますが、なかには終身雇用であることをいいことに就いている職位に見合っていない行動をとられている方もいらっしゃるかと思います。そのような方達が職を失って退場するようなシステムを導入する事が、ひいては、大学内の教育、研究レベルの向上に直結すると思いますがいかがでしょうか?
現在の日本の状態は小手先の変更ではどうする事もできないような状態だと私は感じております。海外で多少異なった環境を経験して、見聞した事をもとに、意見を述べさせて頂きました。論点が明確でない部分に関しましては、ご容赦下さい。
島田さん、参加可能です。ぜひ参加のほうご検討ください。
参加者、10名に達しましたので募集の方を締め切らせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
小清水先生
こちらの会合、学会員や研究者でもなくても参加可能でしょうか。
修士卒なので他のみなさんに比べると、かじった程度の知識や経験しかないのですが……。
ガチ議論企画・文科省科学技術改革タスクフォース戦略室メンバーとの会合、5/7(火)〜8(水)に東京お台場にて開催されます(詳細は記事 “ガチ議論企画その1:「文科省お役人への質問大募集」” http://scienceinjapan.org/topics/20130418b.html をご参照ください)。
現在引き続き、ご参加していただける方を若干名募集しております。全スケジュールを通しての参加はもちろん、一部の参加(例: 火曜の夕方から参加し日帰り、水曜の朝まで参加、など)も歓迎いたします。
参加をご希望される方、またご興味のある方は admin[at]scienceinjapan.org ([at]を@に置換してください;担当・藤田保健衛生大 小清水) までメールいただくか、こちらにお書き込みください。不明な点などありましたらどうぞご遠慮なくご質問ください。
ご参加、ご検討いただけますよう、よろしくお願いいたします。
以下、スケジュールを再掲いたします。
5月7日(火)
14:00~ 日本科学未来館(http://www.miraikan.jst.go.jp/guide/route/ )内の会議室で議論
18:00~21:00 大江戸温泉物語(http://www.ooedoonsen.jp/higaeri/food/enkai.html )で夕食、懇親会を行いつつ議論
21:00頃~ 未来館となりの国際交流館(http://www.jasso.go.jp/tiec/ )で議論&宿泊
5月8日(水)
09:00~ 国際交流館内の会議室で議論
12:00~ 昼食をとりつつ議論
13:00 解散
「I-4」
工学部出身者の教員免許が工業高校でしか実質的に通用しない状況はすぐにでも変えられませんでしょうか。農学部出身者が高等学校で理科を教えることが出来て、工学部出身者が教えることが出来ないと言うのは理解に苦しみます。教員採用試験の競争率が高い状況でそこに制約をかける必要など全くないと思います。
Wakabayashi先生
コメントありがとうございます。
>FJさんが提案されたような競争を厳しくするという手段をとれば、優秀な学生は、指導教官に左右される現在のような大学院には魅力を感じず、産業、経済界にいってリスク回避をはかるでしょう(アメリカではそうなっています)。また、進学しても論文数が大事なのであれば、ねつ造をしても論文を作成して免除の権利を得ようとするでしょう。
おっしゃる通り、厳しいとアカデミアに向かう人材が減るというのはあると思います。産業とアカデミアにはそれぞれ善し悪しがあるので、私はどちらが良いかは個人の判断だと思います。
まず伝えたいの、私は現在より厳しくするべきとは決して思ってはいません。競争的に分配するのではなく成果報酬制にするべきだと考えている点です。現在の大学院生や流動研究員の待遇は優秀な人材にも厳しいものだと思います。
ねつ造の問題はモラルの問題で全く切り離して考えれべきで研究とは関係のない話です。罰則が緩いという問題はあるかもしれませんが。
>、魅力ある大学院プログラムを提案するグループに大学院生を受け入れられる資金を配分し(給料込みで)、一期を5年程度と決めて、最終年にどのような学生を育成し、卒業した学生がどの分野に進んだかを精査して(評価は外部第三者機関で行う)、その次の期間の交付金をあたえるようにするといいと思います。このようにすれば、意欲のある教官が資金を得て、大学院生を教育し、立派な次世代を育成してくれるのではないでしょうか。
この点に関してはCOEのシステムで既にできあがっていると思います。しかし、これでは重点課題にしか資金が集中せず、現時点でマイナーな分野には資金が回りません。それでは未来の重点課題が育ちません。
>大学院は学生に奴隷のように実験を強要する場所なのでしょうか?私は、大学院とは次世代の知の生産者を育成する場所であって、いまの日本のような教育をないがしろにして実験助手のような博士を大量生産する場所とは思いません。
このような研究室が存在するのは事実だと思います。改善すべき問題だと思います。しかし、これは個々の研究室の特徴であり、バランスのとれた研究室も多く存在します。中に入らなければ分かりにくい難しいい問題です。
実験助手に偏るのは問題ですが、言葉では伝わらない経験としての教育には、優秀な研究者が計画した実験を行うというのは良い方法です。たとえ優秀な研究者が計画しても予想外な結果も得られますしその中での試行錯誤は良い経験になります。しかし、それらの泥臭い作業をさせない、考察をさせないのは、テクニシャンを育成するだけなので大学院でやることではないという点で同意します。
>ちなみに、筆頭論文著者だから、研究者として優秀と認められると判断するのは非常に危険です。優秀な指導者から言いなりに実験をこなしても、結果はでますし、論文にもなりますし、筆頭著者にもしてもらえるでしょう。
それは、運が良いですが、そのスタイルで実力が身に付くかは個々人の性格次第でしょう。いつまで実験をしても筆頭著者になれないのは、本人かボスに問題があるので、研究体制の問題です。
私が返済義務の全くないシステムではなく、成果報酬制(研究者として続けられる人物であればいずれ返還免除になる)にすべきだとするのはしましょさんも指摘しておりますが、、大学院まで来て自分探しをするなということです。大学院は研究をしに来るところであって、したいかを判断する期間ではありません。研究を体感したいのであれば、どこかで意見がでておりましたが、研究室配属を早めるべきだと思います。
基礎研究は経済活動に直結するものではありません。楽ではありませんが、ある意味趣味のようなものです。結果を残せなければ遊び代を払ってもうくらいのリスクは問題ないように思います。現在は成果を出してもお金をとられてしますのですから。
私の提案にも問題はありますが、1度に完璧な方法を作り出すのは無理です。それを狙えば結局極端なことになり、望まない人材が増えるか、優秀な人材が減るでしょう。現在より少しずつ改善を図れば良いのではないでしょうか。
FJさんが提案されたような競争を厳しくするという手段をとれば、優秀な学生は、指導教官に左右される現在のような大学院には魅力を感じず、産業、経済界にいってリスク回避をはかるでしょう(アメリカではそうなっています)。また、進学しても論文数が大事なのであれば、ねつ造をしても論文を作成して免除の権利を得ようとするでしょう。
大学院は学生に奴隷のように実験を強要する場所なのでしょうか?私は、大学院とは次世代の知の生産者を育成する場所であって、いまの日本のような教育をないがしろにして実験助手のような博士を大量生産する場所とは思いません。このままの日本の大学院では、優秀な人は日本の大学院に進まず(海外には留学するかも)、盲目的に実験が好きな人のみが日本の大学院に進学し、ひたすら実験(研究とは言いません)にいそしみ、社会適合性のない人材を大量に生産しつづけることになるのではないでしょうか。おっしゃるとおり、財源は限られているので現在のような大量の大学院生を養成していく事はできないし、必要もないと言う点は同意です。
現在の大学院のシステムは、リスクを一方的に学生に押し付け、教員は一切その責任を追わないことが問題なのだと思います。大学院の教官は、大学院生を一人前の研究者(実験助手ではなく)に育てる義務がある事を理解させる仕組みが必要だと思います。手っ取り早いのは、交付金の分配の仕方を変えて、魅力ある大学院プログラムを提案するグループに大学院生を受け入れられる資金を配分し(給料込みで)、一期を5年程度と決めて、最終年にどのような学生を育成し、卒業した学生がどの分野に進んだかを精査して(評価は外部第三者機関で行う)、その次の期間の交付金をあたえるようにするといいと思います。このようにすれば、意欲のある教官が資金を得て、大学院生を教育し、立派な次世代を育成してくれるのではないでしょうか。
ちなみに、筆頭論文著者だから、研究者として優秀と認められると判断するのは非常に危険です。優秀な指導者から言いなりに実験をこなしても、結果はでますし、論文にもなりますし、筆頭著者にもしてもらえるでしょう。
修士卒ですでに学会員でもないのでコメントできる立場にあるかわかりませんが、修士卒→一般企業に進んだ立場としてコメントさせていただきます。
「I-1」
最先端の研究しているのにお金を払っているというのはやはり理不尽だと思います。学部4年生ならこういう世界があるという教育の意味で授業料を払うのは理にかなっています。しかし大学院でやることは事実上の研究であり、論文に貢献するレベルのものであれば(論文のランクや数の程度に差はあると思いますが)、国もしくは大学がサポートすべきではないでしょうか。
修士・博士課程は一人前でないから給与を出す必要もない、という意見があるかもしれません。しかし企業であれば、即戦力にならない新入社員だからといって給与なしなんてことはありません。数年後を見越してじっくり育てながら、企業がサポートしていきます(ただ研究の場合は所属が流動的なので、企業と完全に同一視はできませんが……)
私の場合、修士課程2年で生活費となる奨学金200万円を借りました(学費は親が出してくれましたが、一部は教育ローンです)。この状況でプラス3年ドクターに進むのは経済的なリスクが大きく、一般企業に就職したほうがいいと合理的に判断しました。返済免除できるほどの研究成果を残せなかった自分の能力不足もありますが、この数字をみるたびにやりきれない思いにかられます。
目の前の金額を見て、研究への道を諦める人は決して少なくないと思います。研究したいという情熱よりも、経済的な問題のほうが進路選択でウェイトを多く占めるはずです。少数精鋭にして完全サポートにするか、定員を維持したまま浅く広くサポートするか、どちらも一長一短ありますが、現状よりも経済的なリスクはもっと減らすべきでしょうし、その方向性を学部生に知らせる必要があると思います。
宮川先生、コメントありがとうございます。
>「お金が貰えて研究できる」ような大学院は人気が出る
とは、文科省主導ではなく、大学主導ということでしょうか。それであれば大学がお上に迎合するのではなく積極的に経営を行うという点では必要なことだと思います。
税金から広く奨学金を提供するのであれば、所属機関や研究室ではなく個人の成果によって評価される方法が必要と考えます。厳しいい文体になりましたのも、やる気のある人間を評価するシステムにしたいという思いからです。
>これは大学院を志望するか否かを考える学生にとっては、ハイリスクに感じられてしまう
>でしょう。
現在は私の提案するかたちよりもハイリスクです。COEなどは重点課題につくので、マイナーな分野では恩恵が受けられませんし、予算を考えるとあえてリスクをとることは無駄です。回すべき人材に回せるようにする努力は必要です。私は短期的な成果を求めるのではなく成果報酬制に近い形を提案します。期間を問わずハードルを越えれば返還免除にする形態がよいと思います。優秀な人材は早く免除され、その他は努力次第ということです。科学を行っているかぎり成果がないということは努力不足と評価せざるをえないと考えます。
できない人間を落とすのではなく、やらない人間にはい恩恵を与えない。
>「I-1」お金が貰えて研究できるなら、また覚悟もやる気もなく進学する者が増えるだけです。
というのは違うのでは。
「お金が貰えて研究できる」ような大学院は人気が出る
->入るのが難関になり(研究において)優秀な人材があつまる
->研究成果がより出るようになる &博士の社会からの評判もよくなり博士の就職がよくなる
ということで良い循環が生まれると思います。
>学生支援機構の返還免除職を条件を厳しくして復活させる
これは大学院を志望するか否かを考える学生にとっては、ハイリスクに感じられてしまうでしょう。もし論文X報を第一著者で出すことに失敗し、奨学金の免除も受けることができなければ、目も当てられない、という感じになってしまいますよね。
もし論文X報を第一著者で出すことに失敗したら、それだけで十分厳しい失敗になるわけで、そこまで厳しくしなくてもよいのでは。
あと、社会にとっても価値の高いハイリスク・ハイリターン研究を行おうとすれば、5年、10年、あっという間にたってしまいます。能力が本当に高そうな人には、社会が投資としてじっくりと研究できる環境を与えるのが得策かと。ハイリスク・ハイリターン研究は10人に1人、100人に1人が成功すれば社会は投資を回収できるのですが、そのリスクを能力のある若手個人に負わせるのは国の戦略としてよろしくないと思います。
「I-1」お金が貰えて研究できるなら、また覚悟もやる気もなく進学する者が増えるだけです。やはり、学生支援機構の返還免除職を条件を厳しくして復活させるのが良いと思います。例えば学位取得後数年以内に査読付き国際誌に論文X報を第一著者で出すことを条件に加えるなどして。覚悟もない人間には楽な道ではないことを示さねばなりません。実際真面目に研究していればそこまで高いハードルではない。現在の学生支援機構は、現在の学生に過去の負債を押し付けるがごとく厳しいいわりには、外国人留学生に返還義務無しにばらまいている。せめて別機関が行わないと税金ではなく、債務者が外国人を養っているような印象を受けます。