【帰ってきた】ガチ議論
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20140620b

STAP問題を受けて②:CDB解体を考える

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理研の「研究不正再発防止のための改革委員会」(以下、改革委)は「研究不正再発防止のための提言書」をまとめたが、これにより真の研究不正防止が果たされるのであろうか。
本コメントでは、改革委の提言の問題点と、日本の科学界全体への影響を検討したい。
尚、本コメントには充分な裏付け調査がなされていない点が含まれていると思われる。誤りはすべて率直にご指摘いただければと願う。

1.STAP問題発生の直接的原因、個人に帰する問題の解明
改革委は、STAP問題発生の原因分析の問いとして、「問題は、研究不正行為の発生が、誘惑に負けた一人が引き起こした、偶然の不幸な出来事にすぎないのか、それとも、研究不正行為を誘発する、あるいは研究不正行為を抑止できない、組織の構造的な欠陥が背景にあったのか」を設定し、組織の構造的な欠陥が背景にあったと結論づけた。個人の問題か組織の問題かを天秤にかけ、組織の責任が重いとする判断である。
しかしながら、この両者を比較考量するには、今回改革委が分析した組織の問題と同様に、個人の問題についてもさらなる分析が必要と思われる。
改革委は小保方氏の研究データの記録・管理のずさんさとそれを許容したCDB理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター)の問題点を指摘し、実験データの記録・管理を実行する具体的なシステムの構築・普及、CDB解体を含む理研によるガバナンス強化等をもって研究不正の再発を防止することを提言している。これは、STAP問題における個人的要因が、データ管理の問題であり、つまりは小保方氏のデータ取り違えは単純ミスであるとする主張にある程度沿ったものであるとも言える。しかしながら、細胞の由来が違うといった複数の疑義は、生データや実験記録の管理システムの構築やガバナンスの強化で防げる問題なのであろうか。論文のデータ作成・編集が人の手を経て行われる以上、その人がある意図をもってデータを入れ替える、加工する、あるいは細胞そのものを入れ替える可能性はデータ管理システムの構築をもって防げるものとは思えない。
STAP論文に対して、信じられるデータはひとつもないのではないかと言われるまでに至っている。研究データの記録・管理の徹底は疑義が生じた際の検証を容易にさせるであろうし、ねつ造や改ざんへの抑止力とはなり得るであろう。しかし、STAP問題における直接的問題、つまりは小保方氏によって何がなされたのかが明らかにならない限りにおいては、個人の問題と組織の問題を天秤にかけることはできないのではないか。

2.CDB解体への疑問
 CDBの自己点検報告書では、CDBの採用システムによる若手PIの抜擢・育成、を一定評価した上で、ガバナンスや人事制度の改善策等を提案している。一方で、改革委の改革案では、硬直化したガバナンスの問題を理由にCDBそのものを解体し、「理研が最も必要とする分野を構築すべき」としている。その理由のひとつとして、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の設立をあげ、発生・再生科学分野の状況の変化を説明している。極端な見方をすれば、iPS細胞の開発でもって、発生・再生科学分野の終焉を告げているともとれる内容である。
理研の中期目標ではCDBについて「発生生物学は、生命の基本原理を明らかにすることを目的とした基礎科学的側面と、その成果が再生医療等の先進医療の進展や、疾患メカニズムの特定等に直結するという応用的側面を併せ持つ学問分野であり、社会からも大きな期待が寄せられている」とし、CDB HPでも同様のミッションの説明がなされている。
小保方氏のPI登用や、疑義発覚後の対応の遅れ、情報開示の不適切さは、改革委やCDB報告書が指摘したCDBのガバナンスの硬直化、つまりは相互批判による経営判断がなされなかった結果であることを示している。客観的な見解が取り入れられない、あるいは強い主張が押し通されるような歪んだ経営を生んでいる可能性もある。ガバナンスの問題は明らかであり、それはこれまで定期的に経営体制を見直さなかったことに大きな原因がある。提言を受けた組織体制の見直しは不可欠であり、速やかに実行に移されるべきである。
しかしながら、CDBそのものの解体を求めるのであれば、STAP問題とミッションの直接的因果関係が示され、ミッションそのものにSTAP問題を引き起こす原因があり、ミッション設定そのものに誤りがあるとの説明がなされた上でなければならないはずである。しかし、提言書ではSTAP問題とCDBのミッションとの因果関係はもとより、発生・再生科学分野の果たしている役割の検討や、CDBのこれまでの業績の検討はなされず、CDBのミッション再定義を求める合理的な説明は、iPS細胞研究所の設置のみでしか示されていない。このように合理的な説明がなされないまま解体を求めるのであれば、「見せしめ」との批判は免れない。
尚、CDBではここ数年、センター長交代に向けた議論が進められており、具体的な候補について理事会に打診するものの承認されないということが複数回あり、理事長もしくは理事会の依頼によりセンター長留任を竹市氏が引き受けたと聞く。「理研が最も必要とする分野を構築すべきである」とする改革委の提言にこれまでの理事会の意図が反映されているのではないか、これまでのセンター長候補打診を理事会が拒否した理由とともに、気になるところである。また、改革委が理研理事長により設置されたものであることも、忘れてはならない。

3.基礎科学への理解と自由な研究環境の必要性
改革委は、「仮に理研がCDB解体後に、新たに発生・再生科学分野を含む新組織を立ち上げる場合は、(中略)、真に国益に合致する組織とすべきである」とした。この“国益”と表現されるとき、それは直接的な応用に結びつくイノベーション、つまりは産業界に利益をもたらすものであることが政策の立案過程や予算編成でも示されている。
しかしながら、生物学のこれまでの偉大な発見において、研究者の知的好奇心を動機としてなされた研究が、予想外の応用に結びついた例は少なくないのではないか。GFPの研究によりノーベル化学賞を受賞した生物学者である下村氏は、応用には興味がなかったと聞く。現在の政府による公的研究費(競争的資金)はそのほとんどが応用を直接的なテーマとしている。基礎研究が軽視されがちな我が国において、CDBは応用への基礎的な知見を提供することをその任務として認められた貴重な存在であったが、一方で短期的な応用の成果を求められすぎた側面も推測される。運営費交付金は、センター設立時から半減しており、予算面での締め付けは大きい。改革委の提言書にて「STAP研究は、そのインパクトの大きさから、新しいプロジェクト予算、それも巨額な予算の獲得につながる研究と期待された可能性があり、笹井GD自身も当然、そのような期待の下に行動した、と推測される」としたが、例え予算要求担当GDである笹井氏がそのような考えによって行動していたとして、その背景にある、基礎科学の軽視と応用の偏重、応用分野における短期的な成果の過剰な期待という、日本の科学分野をとりまく根源的な問題が笹井氏の行動の背景にあったのではないかと検討されなかったことは残念である。
 生物学の知見の多くは、応用を前提に得られているものではない。自由な発想の下進められた研究に応用への可能性が内在しているのである。生命の基本原理を明らかにするというCDBの基礎科学の側面を軽視して応用を偏重するのであれば、我が国における生命科学研究の根幹にダメージを与える事態になりかねない。

4.細胞の初期化メカニズム、もしくは分化細胞における多能性細胞内包の可能性への期待
改革委の提言書では、「iPS細胞研究を凌駕する画期的な成果を獲得したいとの強い動機に導かれて小保方氏を採用した可能性が極めて高い」としたが、この説明は、STAP細胞の報道発表において強調されたiPS細胞との比較と小保方氏採用時におけるCDBの推薦理由を根拠にしているものと思われる。しかし、報道発表資料が笹井氏の独断で作成・配布されたことは確認されており、iPS細胞との比較をCDBが組織的に行った根拠とはならない。小保方氏採用時における推薦理由「iPSの技術が遺伝子導入によるゲノムの改変を伴うことから癌化などのリスクを排除できないことをあげ、ヒトの体細胞を用いて、卵子の提供やゲノムの改変を伴わない新規の手法の開発が急務である」としたものは、iPS細胞研究を凌駕する画期的な成果を獲得したいという思惑というよりも、iPS細胞研究があれば多能性細胞の研究は充分とされがちな見方に警鐘を鳴らすものであり、ゲノム改変によらない体細胞の多能性獲得の可能性が否定できない学問の積み重ねを背景にしているものと思われる。
iPS細胞の開発が大きな驚きとともに受け止められたことと同様に、STAP細胞研究も大きな驚きを研究者にもたらした。それは、細胞の初期化メカニズム、もしくは分化細胞と多能性の関係にもまだまだ解明されていないことがあり、STAP現象で説明される事柄があると多くの研究者が思ったからではないか。
STAP細胞がNature誌掲載によって一度はアカデミィアに受け入れられた。これは、細胞の初期化メカニズムはiPS細胞でもってしても未だ解明されてはいないことの裏返しでもあり、発生・再生科学分野において探求されなくてはならない生命の基本原理がまだまだあることを示している。

CDBの解体を求める改革委の提言書は、発生・再生科学分野のみならず、多くの研究者にとって衝撃をもって受け止められたのではないだろうか。
理研は、日本で唯一の自然科学の総合研究所である。科学の研究は、個々の研究者の自由な発想から生み出されるものであり、それなくしては、偉大な研究成果は生まれない。これまで理研は、個人の研究を支えるための各研究センター、各研究センターを支えるための和光本部というボトムアップの組織として研究者を受け入れて来た。トップダウン型の組織への改組や経営層における過度の管理は、個人による自由な研究活動を阻害する組織へと理研を変貌させる危険を孕んでいる。
また、CDB解体は、これまでの基礎科学軽視の傾向を決定的にするものである。度々聞かれるSTAP細胞があったらいいのではないかという見解は、生命科学研究の発展を阻害するものでしかない。STAP問題をCDB解体で終わらせることなく、我が国における生命科学研究の発展という視点にたった真摯な議論を期待したい。

匿名M

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