【帰ってきた】ガチ議論
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多方面からのご意見、ご感想

ツイッターまとめ
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21

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“多方面からのご意見、ご感想” への21件のフィードバック

  1. TIM より:

    何度も恐縮なんですが、アカデミア(少なくとも分生?)の総意として、名目GDP成長率へのコミットメントを提言または支持してからでないと、個別の予算配分は限られたパイの奪い合いなので、みなさんご指摘のように他の分野の人間とただ争うだけになると思います。
    政府の借金は膨大ですが、そのぶん市中にお金をまわしているわけで、むしろ政府の借金(財政出動)が足りないから需給ギャップが10兆円となっているわけですよね。
    飯田泰之先生など、お話を聞くべき経済学者と生物系のステークホルダーは対談して経済学に関して理論武装すべきでしょう。
    政治家とのコネクションも、予算分配におけるロビー活動という点においては重要ですので並行して模索するべきですが、持続的な経済成長を伴わない予算の奪い合いには私は懐疑的です。
    資金的制約により研究が満足に行えない研究室が多くあることや、ポスドク一万人計画で生み出された博士をうまく使えてないことに大変危惧をおぼえております。
    もちろん、民間や研究以外の仕事に就く方が向いている方もいるでしょう。ですが、アメリカのように物量でゴリ押ししてくる相手に対して、せっかくポスドクという人材がいるのだから、研究室を主宰するリーダーの人数は限定的でも研究員としての雇用を生み出すことは、大規模なプロジェクト(公共事業的側面もある)を走らせて人海戦術に対抗することにつながりますし、研究員の多様性を確保することは科学にとって重要なことでしょう。

  2. 38歳任期付き教員 より:

    田口先生

    お返事ありがとうございました。
    私も、結局は地道な活動しかないのではないかという考えに賛成です。

    「そもそもすべきこと」をやることにデメリットはありませんから、田口先生もそのような考えをお持ちなのでしたら、宮川先生や近藤先生と歩調を合わせられたら良いのに、そこがとてももったいないなと思います。

  3. WS より:

    ちょっと考えてみればわかりますが、大学のレポートでたとえば「日本の国力と科学技術予算との関連について論じよ」、というようなテーマが出たとき、どんなレポートにAをつけますか、ということですよね。大学教員がそういう回答ができないなら、信用されないのは当たり前です。
    あと科学は民主主義社会では民主主義の下位にあります。常識です。

  4. T.I. より:

    私は、「人間には長期の未来を正しく予測することはできない」という立場です。
    だから、何にお金をつぎこむべきか?という問題に対しては、完全に論理に基づいた議論をすることはできず、ある程度、曖昧模糊で定義のないものに頼らざるをえない、そして、最終的にどう決定するかに、その国の国民のセンスが現れると思っています。その選択によって、予測が自己成就されることもあると思います。
    私には、「科学」も、「表現の自由」「民主主義」などと同じく、国民が選択し投資することのできる価値の1つに思えます。

  5. 田口善弘 より:

    そのような感想を持たれたことは非常に残念だと思います。ですが、残念ながら具体的なご批判と言うより、単に僕の意見を揶揄したいというご意向しか無いようなのでこれで議論はおしまいにしたいと思います。ご意見ありがとうございました。

  6. WS より:

    前半は曖昧模糊で定義もない「科学」というお題目にお金をつぎ込んでも仕方がない。ことにノーベル賞や大学ランキングのようなものはそれ自体目的にするようなものではないということです。
    後半は、米国のように資金が欲しければ、米国の科学者のように政治的責任を果たせば、ということです。
    「科学にお金をつぎ込まないと国の未来が危うい」なんていう小学生でもいえるような抽象論が通用する時代は終わりました。というかこれでは大学のレポートでもCでしょう。
    反論以前に論になってないです。

  7. 近藤滋 より:

    政治家ですか。高校の同級生に国会議員が2名いますが、残念ながら、どちらも教育研究とは畑違いの分野で活躍しており、いまのところ助力をお願いできる感じにはなっていません。

  8. 田口善弘 より:

    大変に失礼ながら揚げ足取りの様にも聞こえてしまいました。

    前半は「科学にお金つぎ込んでも仕方ない」と言う立場からのご意見のように読めますし、後半は「科学にお金がつぎ込まれるように努力しろ」というように読めます。WSさんのお立場をまずは明確にして頂けないでしょうか。科学にお金をつぎ込まないと国の未来が危ういという見方についてますはどう思われますか?
    ご意見は歓迎しますが、反論のための反論の場にはあまりしたくないです。

  9. 田口善弘 より:

    何をするべきか、というのは重要ですよね。以下、あくまで僕の考えなので。

    一部の官僚の方が「宣言」したぐらいでは何も変わらないと思います。⇒その通りではある、と思います。だから、まあ、本当のところがなんですべきところを誰がどうさぼっているか、と言うことを明確にするための発言だと思ってください。逆に言えば(科学にお金が回ってことないことまで全部)科学者の責任にしてしまおうという動きへの反論として言っていると思って頂いても構わないです。

    政治家が「宣言」することを期待することもできないと思います。⇒これも同上です

    そもそも、一介の政治家や官僚が宣言したところで、科学についての市民の見解が変わるともあまり思えません。⇒これも同上。

    「官僚は優秀だから認識しているはず」という論理展開はやや危険かと思います。⇒そうですね。僕は直接官僚の人と話したことないし、話したとして「本音」を言ってくれるか解らないです。まさか、彼らも「本当は知っているけど知らないふりしていますとは(たとえそうであっても)」、とは絶対に言ってくれないでしょうしね。

    具体的にすべきことは、これもまあ、難しいかもしれないけど、やっぱり、科学者が一応、(本当は自分が研究したいだけだとしても)科学に投じるお金は国の為になるんだと切々と訴え続けるのがいいんじゃないでしょうか。

    どこかの市民講演会に招かれたら必ず1枚くらい「科学に投じられるお金が減っている問題」のスライドを入れておく、とか。期限付きの職の人は自分の悲惨さを訴えるのじゃなく、「自分はドクターとって社会に貢献したいと思っているけどその場が無くて悲しい」みたいな前向きのことを言うとか。

    スポーツ選手って顕著な業績を上げたら「みなさんに支えられてここまで来ました」感がにじみ出ていますよね。科学者に国民の支持が集まらないのは科学者はそういうのが下手だとかそういうのもあるのかな、とは思います。

    山中さんが国民的な人気を保持しているのは謙虚な人柄や業績のすばらしさと共にいつも「これは学生がやったことです」「研究所の研究者は期限付きで困っています」と切々と言い続けることにもあると思います。 あの雰囲気ってどっかでみたことあるともいませんか? ノリが要するに宇宙飛行士とかプロ棋士に似ているとおもいませんか? 彼らは顕著な業績をあげても、結局、国民の支持がなければ何もできないと骨身にしみてわかっているからなんだか皇室の人みたいな態度をずっと堅持していると思います。山中先生もそういうところはよく認識されていると思います。

    まあ、僕がここで「科学者はもっと宇宙飛行士や皇室のようにふるまって国民の支持をとりつけるようにしよう」とか言っても何も変わんないかもしれないですけど。

    そんなことで変わるんかと言うとわからないですけど、でも、今は9.11とか安保法案とかのおかげで市民もなんかに参加しないと国がやばいという意識は高まっていると思います。そこに「科学に投じられるお金の問題」が入ってくれれば何かが変わるんだろうと思います。今みたいな「科学にお金を」というと国民の反応は「科学者の趣味にお金出せない」になってしまうのは変わる可能性があるんだとは思います。

    僕が宮川先生や近藤先生の活動がえらいとおもうのは、目的や落としどころ以前にまずは科学者じゃない国民の人の意識がこっちに向く契機になるんじゃないかと思っているからです。ここで僕の意見に厳しいこと書いているのはほとんど科学者じゃない人の様な気がしますが、それでも書き込んでくれるだけ無関心よりはましだと思っています。

    「38歳任期付き教員」さんの期待とはかけ離れた返事だとは思うのですが。

  10. 38歳任期付き教員 より:

    なお、「38歳任期付き教員」という名前ですが、どのような立場の人間が発言しているかを明らかにするためです。(匿名なのはご容赦ください)

    私自身の考えとしては、現在の状況では、研究者としての適性がない者が淘汰されるのはやむを得ないと思っています。それは私自身に対しても例外ではありません。

    もし研究者として生き残ることができなければ、それは私の才能が足りなかったということなのだと思って運命を甘受するつもりでおります。(生き残れたとしても、才能があったことを意味しませんが。)

  11. 38歳任期付き教員 より:

    田口先生

    ご返信ありがとうございます。

    財務省の方を「~せざるを得ない」状況にさせている何かがあるということだと思うのですが、そうであれば、一部の官僚の方が「宣言」したぐらいでは何も変わらないと思います。

    また、政治家サイドにおいてそのような認識が薄い(かもしれない)のであれば、政治家が「宣言」することを期待することもできないと思います。

    そもそも、一介の政治家や官僚が宣言したところで、科学についての市民の見解が変わるともあまり思えません。

    田口先生の情熱はすごく伝わってくるのですが、具体的にどのようにして実現しようと考えておられるのかという道筋が見えないのがとても勿体ないと思います。

    その他、「官僚は優秀だから認識しているはず」という論理展開はやや危険かと思います。
    また、「簡単に逆のことも起こる」というくだりについては、そうなる可能性も当然あると思っています。
    「そんなに待てるか」の部分ですが、田口先生は待てば何か変わると思っておられるのですか?あるいはどういうタイミングで何をすべきだと思っておられるのでしょうか。その辺りが気になりました。

  12. 田口善弘 より:

    官僚の皆さんは認識はされていると思います。いろいろ皆さんは悪口を言っているし、僕も悪口言ってますが、基本的に日本の中央官庁の官僚の皆さんは大変優秀だと僕は認識しています。僕がここで書いている程度のことを認識していないわけはないと思います。

    ただ、立場上、どういう発言ができるか、行動がとれるか、は別問題だと思います。出生率の予測でも日本の官僚は「間違い続けてきた」と言われていますが、政策の整合性のために(出生率が低くなるという予測をだすと政策を変えないといけなくなるが、変えることができないために矛盾を露呈させないように)敢えて楽観的な予想をしている(せざるを得ない)のだと僕は認識しています。

    科学の問題も同じではないでしょうか。財務省の構成員は官僚の中でも相対的に優秀なはずですから、事態はよく把握されていると思いますが、立場上、予算をしぼる立場にあるから、ポジショントーク的に「日本の科学には十分なお金がつぎ込まれているが、非効率性の為に成果が上がっていないのでまずそっちを直せ」という風潮を醸成せざる(そう見える統計をひねり出さざる)を得ないのでは、と認識しています。

    国民に選択の自由を与える、という意味は、基本は市民参加ということですね。原発とか環境とか、「危機」を感じていることには市民の皆さんはいろいろ勉強して行動を起こそうという契機があるのだと思います。ところが、科学については市民の危機感が無く、「好きなことをやっている科学者のわがままを満たすための予算投下」的な認識が支配的だと思います。まずはそこを正すことから始めるのが筋である、というのが僕の認識です。

    政治家と財務省が重要性を認識し決断すれば、それで増額は果たされるのではないでしょうか、という考えは結構危険なのでは、と思います。そこだけだと簡単に逆のことも起きてしまいますから。ただ、「38歳任期付き教員 」という書き方からして「ふざけんな、(パーマネントな)お前と違ってそんなに待てるか」というお気持ちなのかとは思いますが。すみません。

  13. 38歳任期付き教員 より:

    横から失礼します。
    そもそも、「お金を科学につぎ込まないとこの国に未来は無い」という認識を、政治家や官僚がどの程度持っているのでしょうか?大部分が認識しながら放置を選んでいるのか、そもそもほとんど認識していないのかで話はだいぶ変わってくると思うのですが。
    また、「国民に選択の自由を与える」というのは、どういうシチュエーションを想定されているのでしょうか。政治家と財務省が重要性を認識し決断すれば、それで増額は果たされるのではないでしょうか。

  14. WS より:

    ぶっちゃけノーベル賞とか大学ランキングとか、取れれば御の字でしょうがしょせんお飾りですよ。国の未来そのものじゃないんです。
    あと科学で勝っている国といえば米国でしょうが、あそこでは科学者が舵取りに積極的に関わっているし、説明責任も重視してますよね。
    全般に説得力皆無です。

  15. 田口善弘 より:

    政治家や官僚がとりあえずできることは「お金を科学につぎ込まないとこの国に未来は無い」とはっきり宣言して、国民に選択の自由を与えることだと思います。ここで議論されているように今のこの国の科学へのお金のつぎ込み方にはいろいろ無駄があり、その部分は是正可能です。しかし、無駄を排するだけで、コンスタントに増額している国に勝てるわけなどないのは明らかです。

    科学にちゃんとお金をつぎ込まない一方で、「ベスト100に10大学」とか「ノーベル賞30人」とか(まあ、後者は過去の遺産でできちゃいそうですが)あり得ないことを言うから国民は「なんとかなるのかな」と思ってしまいます。まずは、そこをはっきりさせるべきです。「お金を科学につぎ込まないとこの国に未来は無い」を「不都合な真実」として隠し続けるのをやめる。それが第一歩だと思います。

    それと、無駄を排さないからお金をつぎ込まない、というのは前にも言いましたけど「船にどんどん浸水しているのに穴を塞ぐまでは排水に協力しない」と言っているようなものです。理性的な対応は当然、穴を塞ぐ努力をしながら、排水する、でしょう。それ以外に選択肢なんかないです。

    そんなパラダイムシフトを研究者コミュニティが起こせるとは思いません⇒もちろん、無理です。きついことをいうとパラダイムシフトを起こさせるのは科学者の責任じゃないでしょう。それこそ官僚や政治家の責務です。あなたの様な立場の人がこういうこと(「パラダイムシフトを起こさせる責任があるのは科学者だ」)言うこと自体、もう僕から見たら絶望的な気持ちになることなのですよ。

    あくまで暫定的に、研究者コミュニティがその手段をとることの是非を先生はどうお考えになりますでしょうか。⇒やめたほうがいいでしょうね。ちゃんと情報を説明すれば、科学で勝っている国は科学にお金をつぎ込んでいる国だ、とか、科学にお金をつぎ込んでいる国が日本並みの福祉や年金を実現したうえでやっているわけじゃないんだ、ということはただの事実なので理解は難しくないでしょう。そのうえで国民に議論を喚起してそれでも科学にお金をつぎこみたくない、という結論がでたならそれは仕方ないと思います。でも、まだ、その出発点にさえ立ててないのが現実なのだと思います。

    以上。

  16. mmtm1_ より:

    お返事深謝申し上げます。

    先生のお考えを実現するとしたら、科学技術国債のような制度を新設して必要予算額の確保を保証する、といったところでしょうか。

    もはや全く議論についていけてないのですがもう少しだけ。

    少なくとも一度は、現在の有権者利益の最大化につながらない制度変更を現行民主主義で選択しなければならない、のだと思います。

    正直、そんなパラダイムシフトを研究者コミュニティが起こせるとは思いません。その際発揮されるであろう強力なパターナリズムを適切な方向へ導くことが精々でしょうか。

    もう少し勉強したみたいと思います。ありがとうございます。

    最後に一点だけ質問させてください。
    僭越ながら、永田町の中にいると、極めて少数な集団の利益のために政治リソースが配分されることを度々目にします(もちろんそれには相応のコストがかかります)。あくまで暫定的に、研究者コミュニティがその手段をとることの是非を先生はどうお考えになりますでしょうか。

  17. 田口善弘 より:

    お答えします。ここでおもに②を僕が議論するつもりなのは明らかですが、①は②のためには必要不可欠なのでその2つを分けるのは現実には難しいと思います。

    ・あるべき科学技術予算額を決定するファクターは何か。

    時代によって異なるとは思いますが、最近問題になっているのは国際競争と言うことだと思います。中国やアメリカの様に、年金や福祉にお金をつぎ込まなくても科学にお金をつぎ込める国との競争にどう立ち向かうか、という問題だろうと思います。無論、10年後には別のことが問題になっているかもしれません。

    ・あるべき科学技術予算額は一意に決まるか

    上述のように、競争である以上、軍拡と同じで一意的に決めるのは不可能です。他国がどのような基準で科学にお金を投入するかによって決まります。なので、これは多体問題であり、一意的には決まりません。

    ・いわゆる民意というファクターは排除すべきか。

    民意は必要です。僕が問題にしているのは科学に(利害が)関係するのは主に「未来の(未来に生きている人たちの)」民意であり、それは現状の(日本の)デモクラシーのシステムでは反映が困難なので、今の(日本の)デモクラシーの枠ぐみの中(例:政治家への陳情)で議論しても解はおぼつかないのでは、ということです。

    以上です。

  18. mmtm1_ より:

    ありがとうございます。

    先生のご意見おおよそ次のような理解でよろしいでしょうか。

    科学技術予算は2つに分けられる。
    ①余剰博士問題や資金不足でラボ運営が成り立たない問題など重要だけど短期的な問題にかける予算
    ②50年後、100年後の国力維持(曖昧な表現ですが)の為にどれだけ科学技術に投資をするべきか、という観点からの予算

    ②の点で、科学技術予算は他の予算とは質的に異なり、有権者が合理的な選択をする限りにおいて科学技術予算が過小になるのは自明であるため、民主主義的アプローチによって科学技術予算額を適正化しようとすることは誤りである。

    間違っていたらすみません。
    そのうえで、さらに先生のお考えを伺いたいのですが、

    ・あるべき科学技術予算額を決定するファクターは何か。
    ・あるべき科学技術予算額は一意に決まるか。
    ・いわゆる民意というファクターは排除すべきか。

    これらの点、不躾ながらご教示いただけますでしょうか。先生の過去のコメント拝読してはいますが、誤解などあれば申し訳ありません。あまりにトンチンカンなリプをしちゃってましたら無視してやってください。宜しくお願い致します。

  19. 田口善弘 より:

    僕が発言するとまた荒れそうなのですが、簡単に。

    まず、「〇〇は国力だ。いくら財政が厳しくても〇〇の予算を削っては日本は衰退する。国交も防衛も、〇〇にそれぞれ違う言葉を入れて似た主張をします」という発想が科学と外交や国防を並列に考えているという意味でもう間違っているように思われます。

    科学者は実際には自分の研究予算が欲しいから予算の増額をしてくれと言っている(ように見えるし、実際そういう人も多い)のかもしれないですが、それは国防や国交の人たちも短期的には自分の職(あるいは産業)が無くなるからという理由で発言していたりするのは同じなので責められないでしょう。

    問題は、国防とか外交の予算が無くなったときに(本当の意味で)困る国民の種類が科学の場合とは違う、ということです。何が違うか。前者の場合、即日、今生きている(ほぼ)全国民が困るでしょう。しかし、後者の場合、(実際に科学で飯を食っている比較的少数を除けば)、直接困る国民の数はそんなに多くないでしょう。むしろ、困るのは10年後、20年後、50年後の国民です。だからそもそも、バックにいる(今生きている)国民の数で科学が国防や外交に勝てるわけなんかないんです(このあたり、シルバーデモクラシーとか言って高齢者の数が増えて年金額を抑制できないという事態の裏返しですね)。

    政治家を選ぶのは「今生きている」有権者だから「未来」の有権者しかバックにいない科学が政治家を通じてなんかやる、という発想で勝てるわけなどないんです。

    だからそもそも、「科学者の政治家に対するアプローチが外交や国防の当事者団体比べて少ないから」科学に対するお金が少ないんだ、的な「もうひとつの重要プレーヤーである国会議員に対してもアプローチされてはどうかと思います」という発想は根本的な誤りを含んでいると僕は思うんですよね。

    以上です。

  20. mmtm1_ より:

    例によって荒れがちなコメント欄ですが。政策形成過程に、関与はしていないけど近くで見られる立場の人間です。名乗れずすみません。

    先生方のご尽力には本当に敬意を表したいのです。私のようなヤフコメレベルの意見にも耳を傾けることも何度も役所に足を運ばれることも相当に大変なことですし。ちょっと役人に対して言葉がきついのは、近藤先生の仕様かなと思ってます。

    それぞれがそれぞれの立場で様々持たれてる問題意識を①そもそも研究費が足りない、②分配方法とか制度が悪い、にまとめちゃって、そのうち①についての話を少しさせてください。要するに研究費予算の編成過程に研究者コミュニティがどのように関われるかって話です。

    皆さんご指摘のとおり、財務省は予算編成過程において予算を抑制する力として働きます。研究者側の要求はざっくりと研究費の増額なので、その観点から財務省は敵ですね。でも、各省が求めるままに予算編成してしまったら間違いなく財政破綻しますし、財務省が果たしてる役割は必ずしも悪とは言えないのでは、と思うところです。そして、予算は財務省の意のままになっていて、外野が何を言っても無駄という半ば陰謀論めいた主張に対しては、じゃあなんで国家財政は赤字なのか、という反論でいいのかなと思います。程度問題ではありますが、予算増額に向けた諸々の取り組みは無駄ではないと考えます。

    〇〇は国力だ。いくら財政が厳しくても〇〇の予算を削っては日本は衰退する。国交も防衛も、〇〇にそれぞれ違う言葉を入れて似た主張をします。もちろん文科もです。中の人はそれを信じて疑わないし、外の人は冷ややかでしょう。ちなみに文科省内でも予算形成の仕組み上、パイの奪い合いがあります。科学技術にいたっては高等教育局、科学技術・学術政策局、研究振興局、研究開発局と局レベルでこれだけにまたがり、それぞれ微妙に利害が違うんですよね。

    僭越ながら提案です。
    もうひとつの重要プレーヤーである国会議員に対してもアプローチされてはどうかと思います。建前では、「どこから取り、どこへ与えるか」は政治の仕事とされています。もちろん行政機能が高度に専門化した現在の日本においてその役割は相対化されてはいますが、決して無力ではありません。いわゆるロビイングに功罪あるのは事実です。ただ現実として、予算・税制改正が中心課題となるこの年末はものすごい数の団体が永田町を訪れていることを知っておいて損はないかと思います。

    情報が偏ってしまうのが恐縮なのですが、自民党には「科学技術イノベーション戦略調査会」という組織があります。大きな権限を持っているわけではありませんが、日常的に科学技術政策の勉強をしています。残念ながら、そこでの議論はプロジェクト型、トップダウン型の研究開発にかたよってしまっています。昨今ではSIPやImPACTが中心です。やはり華がありますからね。ボトムアップ型研究の大切さを訴える人が不足しているんです。裾野の広い分生のような組織から発言していくことは意味があると思います。

    チャネルはたくさんあります。限られたリソースであれもこれもは難しいとは思うのですが、政策形成過程に首をつっこむにあたり、まずは好き嫌いせずいろいろアプローチするべきかと思います。しばらくは大きな成果を期待せず。喫緊に解決しなければならない問題が多い中で何を悠長なこと言ってんだと、現に困っているからこそこのチャンスに声をあげてるんだ、というのは承知しています。しかし数多ある手練の巨大業界団体と同じフィールドに立つのは決して簡単ではありません。

    分生会員の皆さんは、功を焦るのでもなくシニシズムに浸るでもなく、先生方に協力してあげたら良いのではないのでしょうか。

    極めて微力ですが何か役に立てることがあればうれしいなと、ライフサイエンスをドロップアウトした身として思うのです。

  21. BBB より:

    科学政策の方向性やPDの処遇について、官僚と研究者が話し合いで、微妙に噛み合わないことがあるのは、その議論に大学運営に携わる人(大学事務の偉い人?文科省から出向の人?URA?)が不在だからなのではないでしょうか?このような話し合いに加えて、どのあたりで意思疎通ができていないのかを確認する必要もあるのではないでしょうか?

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